2時間でショートストーリーを作るイベントで色々作ったものを貼る

ぐぷあ

ドラゴン娘とゆでたまご

 暗闇のダンジョンの中。

 凶暴なコウモリが素早くこちらへ食いついてくる。


「キシャアアアアア!」


 しかし、わたしはサッと横に避ける。

 そのままわたしの自慢の爪を一振りすると、「キシャア……」と情けない声を立てて、コウモリは床に落ちていった。


 歩いていると、視界が開けていくつかの洞穴が見える。

 上方向の竪穴の一つから、ちょっと獣臭い鳥のにおいがした。

 わたしの夜目でもよく見えにくいが、卵があるかもしれない。

 卵が食べたい……!

 

 両足でジャンプして、翼を広げて一目散に前の方向に飛んでいく。

 においの先には鳥の巣があった。

 ダンジョンの外で見たような「卵」の何倍も大きいものが、鳥の巣に入っている。


「グァ!?!? グァグァ」


 巣の近くで飛んでいた鳥がこちらを見て挑発してくる。

 鳥のトサカは金色に光る。羽根は白を基調として、あちらこちらが虹色に光っている。爪は小さいながらも磨かれていて掴まれるとちょっと痛そう。

 

 それはそうと。わたしは卵がほしい。食べたい。

 そして鳥を見ていると、焼き鳥にすると美味しそうに見えてきた。

 じゃあ後は楽だ。


 わたしは深く息を吸って、火のブレスに変換して吐き出す。

 いわゆるドラゴンブレスというやつだ。


「グァァ……グゥ……」


 鳥はまたたく間にこんがりと焼ける。自慢の羽根は煙になる。虹色の羽根は粉になって空間に消えていく。

 落ちていく焼き鳥をスッとキャッチして、鳥の巣に入ってわたしは焼き鳥をかじる。

 肉汁がすごくうまい! なるほどダンジョンの鳥であるから歯ごたえ旺盛である。ついでに骨も硬いがほどよい硬さなので全部たべてしまった。

 

 さて卵をいただこうと思ったところで、ふと昔の記憶が蘇った。


 どこかの食卓。

 木のテーブルに3人。3人分の卵?とスプーンとスープが置いてある。

 お母さん?と、幼い女の子と、わたしが椅子に座っている。

 女の子の声が聞こえてくる。

 

『ロロちゃん、これはゆで卵。ちょっと贅沢品だよ!』

『どうやって食べるの?』

『えーとね、スプーンでこうやってすくって食べるの』


 そう言って女の子は金属のスプーンを出して、とろける赤い部分をすくって口にいれる。


『ロロちゃんも! やってみて!』


 わたしもスプーンで赤い部分をすくって……ちょっとこぼれちゃった……そのまま口にいれる。

 おいしい。

 この味をなんと表現すればいいんだろう?

 わからなかった。でも『おいしい』と言ってみる。


 するとお母さん?が笑う。声は発さない。お母さん?は無口らしい。

 無言でわたしを撫でてくれた。

 しあわせ……。



 記憶が戻ってくる。

 わたしは生まれた頃から、この家で育てられてきた。

 わたしは卵から生まれたドラゴンだった。

 3年くらい経って、人化の術をおぼえた。この記憶はこの頃のだろう。

 その頃から好奇心旺盛になって、色々なところへ行くようになる。

 ここはどこかのダンジョンだろうか?


 ……思い出してきた。

 ダンジョンで魔物を狩って焼いて食べるのが楽しい。

 そういう生活をしているうちに、どうやら野生に戻りかけてしまった。

 人間と一緒にいた頃を忘れてしまったんだ。

 

 またあの家に戻りたいなと思った。


 あの頃の『ゆで卵』が食べたい……。

 

 さて、今は大きな鳥の巣の中にいる。卵がいくつか落ちている。

 卵を持ってみる。重い。これは雛が入っていそうだ。

 別の卵は……重い。こっちは……重い。

 雛が入っているのはたぶん違う。温めたらゆで卵ではなく、鳥の雛が出てくる。


 端の方に卵が2つ揃えて置いてあって、これだけは軽い。

 これを持っていこう。

 これを持っていって、記憶の中のあの「家」に帰るんだ……。

 

 

「ガルルルル……」

「むおおおおおん……」

「ギャヒギャヒギャヒ!!!!」


 個性豊かな魔物たちが目の前を立ちはだかる。

 オオカミが飛び込む。

 幽霊みたいなのが近づく。

 黒塗りのゴブリンみたいなものがこちらを見て笑う。

 

 その間を飛翔しつつ通り過ぎていく。

 普段なら相手を吹き飛ばす勢いなのだけど、卵を割るわけにはいかない。


 広がる暗闇地帯を抜ける。

 灼熱の火山地帯を抜ける。や、ここはあったかいから好きなのだけど。

 極寒の氷地帯を抜ける。寒いのはしんどいけど、卵が長持ちするかもと思ってがまんした。

 他にもいくつかの地帯を抜け……。


 鮮やかな光が、近くの出入り口から射す。

 そこから出てみると、どうやら天井が無い。

 大きな光の球がこちらを照らしている。太陽だ。


 やっと地上に出た。

 

 町はすぐそこだった。

 町に向かって歩いていくと、なんだか違和感を覚えた。

 

 こんな大きな建物あったっけ?

 3階建ての建物がいくつか見える。

 柵の見た目も変わっている。

 街道の色もちがう。看板もきれいになっている。

 歩きゆく人にも見慣れない見た目が混じっている。


 近づいて見てみると、町の名前はどうやら正しそうである。

 わたしは2つのたまごを抱えながら、町の門をくぐった。


 町を歩いていても、微妙な違和感は拭えない。

 見知らぬ道・建物の中に、知っている建物がちらほらある状態。

 町の噴水は未だにあったが、装飾が変わっている。ちょっと石が白くなっている。


 歩いているうちに、わたしは悟ってしまう。

 わたしがダンジョンに籠もっている間にここでは何十年・何百年も経過していたのかもしれない。

 なるほど、それならしかたない。ところで人間の寿命は何年だっけ?


 あ。

 取り返しのつかない時間が過ぎてしまったのではないか、と急に不安になる。

 いくらドラゴンの子といえども、時間を遡ることはできない。


 不安を胸に抱えながら歩く。

 道の形が変わったり建物が変わったりしているため、前に家があったはずの場所にたどり着かない。

 どうしてかたどり着かない。

 このあたりのはずなのに。

 場所の「におい」をたどるのも難しい。人間の町はすぐに変わってしまうようだ。

 なんども同じ場所を回る。

 見つからない。


 それなら、と空高くジャンプし、そのまま空を飛んで上から調べてみる。


 なんだ……これ……?

 やっぱり、知っている建物の数より知らない建物の方が多い。

 知らない屋根だ。

 でもこの町であってるはず。

 困った。


 徐々に降りて着地する。

 

 町の人間に声をかけようとすると気づく。

 家族の名前が思い出せない。あやふやだ。

 聞くにも聞けない。


 さて、わたしが突然空高く飛んだからか、ちょっとジロジロと見ている人間たちがいる。

 聞いてみる。わたしを知っている?

 知らないと返ってくる。

 

 「昔話で聞いたことある」とおばあさんが言う。深堀りして聞いてみる。伝承によると「そのドラゴンは王都へ旅立ち、勇者の良き友として魔王討伐へ向かう途中、魔族に敗れた」らしい。

 わたしのことではなさそう。

 でも困った。わたしに興味を示す人間はいても、わたしを知っている人間はいない。

 情報がない。


 歩いても歩いても情報がない。

 空高く登っていた太陽が、次第に地平線に降りていく。

 夕焼けだ。

 徐々に店が閉まっていく。

 店の光が見えなくなる。

 いくつかの店や家からは、薄暗い光が漏れ出る。生活光だ。


 外を歩く者に、ガラの悪い兄ちゃんたちが増えていく。

 情報を聞いてみるが、適当にあしらわれる。


 寂しい。

 わたしの帰るべきだった家は、もうないんだろうか。


 身体は元気なのに、心が疲れてしまった。


 ちょっとした石の段差に座る。


 うつむく。調理されていない大きな卵2つがこちらを見る。

 光をあまり反射しない殻でできている。


 足をブラブラさせてみる。


 前をぼんやり見てみる。

 人間たちが歩いている。

 酒に酔った男同士がつるんで、ふらふらと歩き回る。


 彼らには帰る場所がある。

 わたしにはないのかもしれない。


 酒場はまだ賑わっている。


 酒場から人が出ていく。


 酒場から人が出てこなくなったと思うと、酒場の光が消えた。


 わたしはとうとう一人ぼっちになった。


 わたしの家はもうないのである。


 ちょっとばかり遊びに出かけたのがいけなかった。


 人間は短命なのだ。


 もっと大切にしてあげればよかった。

 もっと一緒にいればよかった。


 帰りたい。



 そう考えていると、なんだかこらえられなくなってきた。

 目がしょぼしょぼする。

 ぽたぽたと涙が垂れる。卵にかかる。

 鼻水が垂れる。卵にかかる。


 泣いた。

 わんわんと声にならない声が出る。

 

 腕の力が抜ける。

 たまごが落ちるかもしれない。

 たまごが割れてぐちゃぐちゃになり、もう食べるに値しないものになってしまう。

 でももういいのかもしれない。

 いや、よくない。

 でもどうしようもない。

 

 

「お嬢ちゃん、大丈夫?」


 声が聞こえると同時に、ちょっとした光魔法で照らされる。

 落ちかける卵を誰かが手でキャッチする。


「え……?」


 目の前には爽やかなお兄さん。

 誰だろう?

 わたしを慰めようとしてる?


「キミってあの、ドラゴンのお嬢ちゃんかな? うちのお祖母ちゃんがお世話になったっていう」


 お、おばあちゃん?

 わたしと知り合い?


「え、おばあさん? わたしと知り合い?」

「さあさあ、こんなところで一人じゃ風邪ひいちゃうよ。僕についてきてね」


 言われるがままについていく。酒場に入っていく。

 そうか、酒場のお兄ちゃんだったから、店を閉じたこのタイミングで来たのかな。


 暗い酒場の奥に入る。

 寝室のようだ。ベッドが置いてあって、そこで寝るように言われる。

 

 寝る。


 朝になる。

 窓から日の光が注ぐ。

 ベッドから出て、眠気でゆらゆらと頭を揺らしていると、ドアが開く。


 そこには、お婆さんの姿があった。

 誰だろう?

 

「あれ!? ロロちゃんじゃない!」


 そう言われてぎゅっと抱きしめられる。わ、びっくりした。

 誰だろうと思ってずっと顔を見つめていると、気付いた。


 あの食卓の記憶で一緒に居た、あの女の子だ。

 

「あの時から70年ぶりだねえ! 元気でよかったわ! 一体どこにいたの?」


 70年も経っていたらしい。

 ダンジョンで遊んでたら、気がついたらこうなっていたと伝える。

 ドラゴンの時間感覚に驚かれつつも、今の話をされる。

 昨日の子は孫の子というはなし。あの頃の「お母さん」はすでに他界しているという話。


 色々な話が弾む中、2つの卵に目を向けられて、これは何かと質問される。

 ダンジョンからのお土産と伝える。

 ゆで卵にして、一緒に食べたいと伝える。


「いいわねえ! ぜひ作りましょ!」


 そして、酒場の住み込みのスタッフを呼んで卵を温めてもらう。


 酒場に入る。

 店は開く前だった。わたしたちで使い放題。

 いくつかのテーブルを見渡すと、見覚えのあるテーブルを見つけた。

 木目模様があの頃のテーブルと同じ。

 椅子も同じ。


 そこに2人で座る。


「なつかしい……」

「でしょでしょ? ロロちゃんが帰ってくるといいなってとっておいたのよ」


 ちょうどゆで卵が届く。

 昔の記憶より一回り大きいゆで卵がきた。

 スプーンには見覚えがある。


 ゆで卵の頭を割る。


 とろとろした半熟卵が見える。

 スプーンですくってみる。


 あーん。


 おいしい!

 なんと表現すればいいかわからない味だ。

 ゆでたまご味?


 そして、今はお婆さんになったあの頃の「女の子」と、ありとあらゆる話をした。

 あの頃の思い出。その後の思い出。わたしが居ない間はどうだったか。子どもや孫のはなし。

 ダンジョンで何をしたか。強かった敵。弱かった敵。思い出に残ったところ。

 いろいろ話をした。

 

 ゆで卵を食べ終わるころには、2人ともおなかいっぱいになっていた。

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