第36話 記号化された顔

どうにも顔が覚えられない。

みんな顔が記号に見える。


誰かから、顔が覚えられないという症状らしいものがあると聞いた。

顔が覚えられないので誰だったかはわからない。

声を聞いたり、服装を見ればわかるかもしれないけれど、

顔はどうにも覚えられないので、

誰だったかが思い出せない。

すれ違ってもわからないんだろうなと思う。

とにかく私は人の顔が覚えられない。

みんな記号に見える。


なんと言ったら、わかってもらえるだろうか。

例えば、顔に個性が見出せないような、

全て同じに見えるような感覚と、

それぞれの顔にあるという個性的な特徴というものを、

総合して顔として認識できないのとを、

合わせたようなものかもしれない。

例えば、ほくろがあるらしいが、

そのほくろを特徴として覚えられないのと、

まずは顔自体が全て同じように見えているようなもの。

顔自体が記号のようなものなので、

記号に特徴としてのほくろがあっても覚えられないような、

そんな感覚といえば伝わるだろうか。

目の数、鼻の位置、口の位置などは、

顔として構成される以上、変わることはないと思う。

顔の構成が基本変わらないものとして捉えているから、

私の中では記号になる。

例えば、記号として金銭としての円のマークがある。

¥というものだ。

これが手書きであっても、画面に表示されたフォントであっても、

同じ記号として認識される。

私にとっての顔は、とにかく顔という記号であり、

先に述べたほくろのような個性というものは、

手書きかフォントかの違いのようなもので、

全部が同じ記号として認識される。

私にとって顔は記号で、全部同じものとして認識されていて区別がつかないのだ。


顔が記号なものだから、

表情を読むことがとても苦手だ。

気配を読むことである程度の空気感は読めるけれど、

完全に感情を読むことはできない。

どうにもズレた応対になることもしばしばある。

声や音から何を感じているのかを察することはできるけれど、

黙られているとなかなか難しい。

泣いているのは音でわかるけれど、

不機嫌というものを察するのは難しい。

微笑んでいるというのもなかなか察するのが難しい。

言ってくれないとわからないということが、

往々にしてある。


こうして、顔が記号化された私の見ている世界は、

顔の判別できる人とは違うのだろうなと思う。

時々、若い人の顔が判別できないという声を聞くこともある。

また、別の国の人物の顔の判別ができないという声も聞く。

自分に関わりの薄い年代の顔の判別ができないという声も聞いた。

赤ちゃんの判別ができないという声もあった。

私はかなり顔が記号化されているけれど、

私までとはいかなくても、

他の人の顔が記号になってしまっている人は、

それなりにいるのかもしれない。

記号の違いを敏感に感じられるような人は、

顔の判別が得意であるのかもしれないと思う。

私は多分その違いを頭の中で構築できないので、

いつまでたっても顔が記号のままなのだろうと思う。


人混みはみんな記号化された顔を持って歩いている。

私にとっては全部同じ顔だ。

その顔の持ち主それぞれにいろいろな人生があった。

多分いろいろな表情を持った。

私はその表情を感じることができずに、

全ての人を同じように見る。

ある意味何のしがらみもなく平等な視点なのかもしれない。

体格や服や声などは違うかもしれないけれど、

同じ顔を持っているという点において、

全ての存在が同じものであると見ているのかもしれない。

顔が記号になっているのはすべて人間。

人間であるということについては、みんな等しい。

人生を毎日懸命に生きているという点において、

記号化された顔を持っている全てが平等なのかもしれない。


どこに行っても記号化された顔がある。

顔の持ち主はみんな毎日を生きている。

判別はできないけれど、

わかる人が見れば、みんないい顔であるのだろう。

どうにも顔の見分けがつかないけれど、

記号化された顔は、悪いことを表している訳じゃない。


今日も記号化された顔が街を行く。

見分けはつかないけれど、

みんな頑張れと私はエールを送る。

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