鬱ゲーの序盤で死ぬ過去ヒロインにTSしたら
老いには逆らえん
プロローグ 怨嗟の鎖
暗い森の中で、細い月明かりを反射するように剣が光り金属が擦れ合うような甲高い音と幾つかの息遣いが響いていた。
「クソっ!何でこの森の中で魔物が出てくるんだよ!!」
「ゲホッ、ゲホ……」
戦っている二つの影の片方は、15歳ほどの青年で我武者羅に剣を振り続けている。
それに反して、青年に襲いかかる人の三倍はあろうかという虎型の魔物は、弄ぶように余裕を持って爪を振りかざしている。
そして、その近くには青年から守られるように一人の少女が居るが咳が段々と酷くなり不安定な様子だった。
暫くの間、嘲笑うかのように自分の体躯を見せつけながら戦う虎と、体力が無くなり始め防御に徹するしかなくなった青年との膠着状態が続いていた。
しかし、些細なきっかけでそれは崩れた。
「私のことは、気にしないで!私が囮になるから、その間にフォル君だけでも逃げ…ゲホ」
「何言ってんだよ!サーちゃんのことを置いていけるわけ…っ」
途切れ途切れな振り絞った声を出すサーちゃんと呼ばれた少女の言葉に、フォル君と呼ばれた青年が怒鳴るように一瞬だけ振り返って言い返したが…
その隙を見逃す魔物ではなく、素早く振り下ろされた爪によって向き直った青年の両目の肉を深々と抉りとった。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「………そ、んな。このままじゃ私もフォル君も死んじゃう…ダメそんなのだめだめだめだめだめだめ何とかしなきゃ何とか…あっ、」
焼けるような痛みと目が見えないという混乱によって青年の狂った声が森に響き、鳥が飛び立つ音が聞こえる。
それを見ている虎は、抉りとった肉をゴミのように地面へ擦り付けながら次の玩具として少女へと狙いを定める。
そこで、少しでも逃げていたら良かったのだが青年の様子を直視してしまった少女はその場で言葉を漏らし続きるしか出来ず、やけに緩慢な虎の襲撃でもあっさりと右腕を肩から切り落とされた。
あまりの痛みに、感覚が一瞬で麻痺した少女は自分の右腕と眼前に迫る虎の嘲る表情を見て諦めたような表情を浮かべる。
「私はもうフォル君から幸せを貰えたし、もう良いかな!…ガハッ、はぁはぁ、こ ん な私でも最後くらいは良いところを、見せ ないと、」
ぶつぶつと呟きながらボロボロのズボンから大ぶりのナイフを取り出した少女は、躊躇いなく自分の心臓にゆっくりと凶器を突き立てていく。
狂ってしまった二つの玩具を、自己満足に酔いしれながら見つめていた虎だが急に自慢の身体が重くなったように感じて辺りを見回す。
しかし、原因が見つからずに首を傾げていると更に重みが増していきそこで漸く目の前の少女が何かを呟き続けているのに気づいた。
「……我の魂は贄である。今一度我の価値を世界に問う、魂を代価に我が敵へ裁きを下さん。
少女の魔術詠唱が終わると、元凶に気づいた虎は動く前に急激な重力の上昇で臓物すらも残さず地面の染みとして押し潰された。
その後には、いつの間にか気絶していた青年と何とか意識を保っている少女しか居なかった。
少女は「私の価値なんてこんなもの…」と、陥没した地面を鼻で笑い飛ばして死んだ。
◇◇◇
深夜の騒ぎを聞きつけた近くの村の大人達が、血が飛び散った無惨な場所へと辿り着き青年の息があるのを確認すると無言で頷き合い少女を残し、青年だけ運んでいった。
そのシーンを境に、ロードに入ったスマホの画面を食い入るように見つめている男子高校生、黒井
彼が居る部屋は、鉄臭い匂いと異臭が漂っている上に真夜中の暗さがあるがそんな事を気にもとめない様子で、一人で話し始める。
「主人公フォル君が初めて友人であるサクリファイスさんを失う場面は何度見ても良いな。
豪華声優陣に加えて、重厚かつ暗いストーリーに合わせた突き刺すように写実的な描写…
こんな神ゲーに出会えた俺はホントに幸せだ」
「だけど、このバドエン多数メリバ複数ハピエン0の展開どうにかならないのかね。フォル君の精神が強靭なせいで常に正気のまま友人達が、次々と死んでいくのを見るとか辛過ぎる〜」
何だかんだと言いつつ、彼の手は部屋唯一の光源であるスマホの画面をタップして操作を続けていて課金スマホゲーム…「怨嗟の鎖」にどハマりしているのが分かる。
優がここまでゲームに入れ込んでいるのは、バイ・セクシャルである為だ。
バイ・セクシャルは最近漸く認知が広がってきて、前よりは生きやすくなっている。
しかし、彼が男女両方に告白しているのが噂となったのがきっかけで酷い虐めにあいリストカットを初めとした自傷行為が、日常的になってしまっている。
そんな彼の行き場のない恋愛感情を受け止めてきたのが「怨嗟の鎖」に登場する美男美女であり、その境遇に共感していた。
一年以上前から、親の同意も得て不登校となっていた彼はその頃に丁度サービス開始をしたこのゲームの最古参勢であり重課金勢。
彼の日常の一部としてこのゲームを数えており、尊敬する両親にすら布教していた。
一日のノルマとして自分で課しているルート分岐の確認を終えて立ち上がると、彼は暗闇をものともしない滑らかな足取りで部屋の電気を付ける。
「お父様もお母様も死んじゃったんだから、俺も後を追うべきだよね」
そう言って部屋を見回した優の視線の先には、彼そっくりの男女…つまり両親が互いに庇うように今も新鮮な血を流して倒れていた。
これは優の仕業ではなく、彼の為に在宅勤務で働く両親といつも通りの閉鎖的な日々だったが強盗に対して両親は庇いあったのが仇となり、簡単に殺されてしまったのだ。
その一部始終を息を潜めて見つめていた優は、強盗が油断した隙に背後から襲いかかり常に持ち歩いている、カッターナイフと大ぶりのナイフで滅多刺しにして容赦なく殺した。
強盗の残骸は神聖な家が汚されないように窓から外に投げ捨てており、引きずった血の跡がそれを示している。
普通の人ならば、殺人や両親が殺されたことに危機感を抱くが感覚がおかしくなっている彼は最後の時間としてゲームを楽しんでいたのだ。
そうして、振り返っている間に覚悟を決めた彼は躊躇無く愛用の大ぶりのナイフを心臓に突き立てカッターナイフで首を切り自殺した。
「下らない人生だったな…俺もゲームみたいに、刺激的な日々を送って……」
【面白そうな人間が居ますね?】
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