復讐の業火の輪廻
AK
第1話 信じることの代償
第一章「信じることの代償」
佐藤浩二は、生まれながらにして「他人の痛み」を知っている少年だった。
母親は病弱で、父親はほとんど家に寄りつかない。
冷えた病室の片隅で、浩二は小さな手で母の手を握り、ただ無事を祈った。
幼いころから、彼にとって「誰かのために生きる」ことは呼吸のように当たり前だった。
友人が困れば自分を犠牲にしてでも助け、教師に怒られれば一緒に叱られた。
彼自身、報われることを期待していたわけではない。ただ――
「ありがとう」
そのひと言だけで、満たされる心を持っていた。
やがて成長し、彼は教師という道を選んだ。
それは「救う側」でありたいという自然な願いだった。
教壇に立った佐藤浩二は、どの生徒にも分け隔てなく、温かな眼差しを向けた。
悩みを抱える子どもたちの心の中に、そっと入り込み、寄り添うように。
彼を慕う生徒は多かった。
そんな日々の中、三浦奈緒――あるひとりの少女から、涙ながらの相談を受けたのは、春の終わりだった。
「先生……どうしたらいいんですか……」
目を赤く腫らし、奈緒は震える声で告白した。
交際していた久保卓也との間に、子どもができてしまったこと。
厳格な親に知られれば、大学進学も夢も断たれること。
不安に押し潰されそうになっていた。
佐藤は、迷わなかった。
この少女を守りたい。未来を救いたい。
「大丈夫。奈緒の未来は、先生が守る。安心していい。」
そう言って、彼は微笑んだ。
だが、世界は彼の善意を、あまりに無惨に裏切った。
奈緒は久保と復縁し、やがて恐ろしい提案を実行に移す。
「もし、先生と関係があったって言えば、親も怒らないよね」と。
佐藤浩二が”加害者”とされる噂は、瞬く間に広がった。
奈緒は涙ながらに学校に訴え、周囲の大人たちは彼女の言葉を疑わなかった。
他の生徒たちも、空気を読むように奈緒に同調した。
かつて助けた子どもたちさえ、佐藤に背を向けた。
「先生、そういうところ……あると思ってたんだよね」
「ちょっと優しすぎたもんね」
職員室の隅で交わされるささやき声。
冷たく突きつけられる懲戒免職。
唯一、佐藤を信じ続けたのは――木村愛だった。
「私は……先生のこと、信じてます。だって、先生は、そんな人じゃないってわかってますから」
木村愛。
かつて、いじめに遭い、不登校になっていた少女。
その心を救ったのが、他ならぬ佐藤浩二だった。
誰よりも、彼女は知っていた。
佐藤が、生徒に対して何よりも誠実だったことを。
だが、愛の声は、社会の圧倒的な同調圧力の中で掻き消された。
“疑わしい者”には、救いの手すら伸びない。
佐藤は、孤独の闇の中で思った。
――善意も、誠意も、無力だった。
裏切った者たち。
三浦奈緒、久保卓也、そして、空気に流されたその他大勢。
怒りは、静かに、だが確実に彼の中で膨れ上がっていった。
「許さない」
それは呟きでも叫びでもなく、ただ無機質な宣言だった。
やがて彼の心を覆ったのは、救いなど一切ない冷たい復讐心だけだった。
その夜、佐藤浩二は、かつての自分を完全に捨て去った。
そして誓った。
全てを壊してやる、と。
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