絶対青春シンドローム

市川とあ

1限目

 この青春は薬では治らない。寝ても安静にしても手術してもどんな名医でも治せない。


 自分は今、ある物語を執筆し終えた。信じてくれなくても良いがこの物語は自分が体験した、ある名医との一夏の闘病生活である。


 「細川 春君。はい、これで3ヶ月の休学を受理しました」

 1枚の紙にハンコが押された。不登校になったせいで最近ろくに学校も行かないでいると不正欠席になるとのことでいったん休学を要請した。


 「まだ高校の生活に慣れないかな。でも休学期間中も勉強に励むように」

 「分かりました。失礼します」

 そう言って事務室を出る。事務室の中は寒い位だったのに外に出ると太陽が照って、いてまだ5月上旬なのにせっかちな暑さだった。


 この季節は夜になると昼の暑さとは裏腹に肌寒くなる。空にくしゃみ1つして散歩しに外へ出た。何も考え無しに歩いていると江戸川乱歩の由来を思い出す。「江戸川を乱歩する」つまり江戸川を散歩することだと思ってしまうがこれはミスリードで実はエドガー・アラン・ポーをもじったものなのだ。などと乱歩さんぽしていたら同学年くらいの1人の少女が夜の学校の校門に立っていた。


 少女はズカズカとこちらに近づいた。

 「江戸川乱歩の名前の由来は江戸川を乱歩することじゃなくてエドガー・アラン・ポーをもじったものなのだ。って考えてたでしょ」

 突然言われたので頭の処理が追いつかず2人の間に肌寒さだけが残る沈黙が続いた。沈黙を破ったのは少女の方だった。ニヤッと笑い、

 「図星かな。ついてきてよ」

 まだ膠着こうちゃく状態にあった自分の腕を半ば強引に引っ張られ学校の方向へと向かった。電柱には蛾が群がり、空には雲が覆い今にも雨が降りそうな天気だった。


 腕を引っ張られて気付けば門をよじ登り、校内へ侵入していた。少女は体が華奢きゃしゃなのに意外と力は強い。この小さい体の中に今にも溢れ出しそうなエネルギーを感じる。きっと学校では選抜リレーに選ばれ、友達が常に周りにいて、クラスの人気者で勉強もできて先生との仲も良く、部活のエースで模範的な生徒なんだろう。

 「私も今休学中でさ。なんか学校が上手くいかなくて」

 「意外、てっきり運動成績優秀の優等生だと思ってた」

 何か深刻な悩みでもあるのかと心配になる。なんせ自分も休学中で少なくとも境遇は一緒だ。そんな考えも束の間、慣れた足並みで校舎の上へ上へ向かっている。階段を次から次へと登る。久しく運動もしていなかったから足に足枷あしかせが付けられたかの様に感じた。


 「ようこそ、夜の学校へ」

 連れてこられたのは学校の屋上だった。なびく風が心地良く、紺碧の空に黄金の月と照り輝く一等星が舞台を独占していた。学校に忍び込んだ背徳感も重なり絶景に見惚れていると少女が缶ジュースをくれた。

 「青春出来ないでしょ?なら私と青春しない?その青春、治してあげるよ」

 夜風が少女の髪を優しく撫でる。それと同時に自分にも言葉では言い尽くせない大きくて儚い映画の始まりの様な何かが心を撫でた。

 「この青春に乾杯!」

 缶ジュースの甘い匂いが夜の屋上を彩った。空は雲一つなく、今にも月が太陽に変わろうとしていた。

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