第三十一節 間もなく生ず

 少女たちの淫奔いんぽんな交わりに後ろ髪を引かれながら奥の歩道に進む。


 鋪石しきいしの道はすぐひらけた。水音の激しさも耳を打ちだす。

 右手は聳える岩壁がんぺき、左手は白泡しろあわの清流。

 青森県の原生林も水源が豊富だったけれど、この地の流れはなお苛烈だった。

 絶壁に黒々とした洞窟に入る。壁にランプの光が散点する湾曲した石階段をくだっていった。

 白光はっこうつつむ大空洞に達する。

 高い天井から垂れ下がる根の膨大は地にまで達して、壁や地から延びる根とも絡まりあって瀑布のようにこごっていた。 

 位置はみずたちが交わるあたりの真下。

 森に生える無数の樹木の根や菌根と地下で結ばれた様は、かつての童女どうじょじゅと同じだったけれど──。


「重役出勤ご苦労様。お肌に響かないことはありがたいけれど、疲労はするんだし、無理はしないことね」

 目の前に立つ痩身そうしんの美少女を見つめる。

「それは小夜さよもだよ。オールしたんでしょ、昨日から」

 黒いタイトスカートのスーツを着て白衣を羽織ってはいても、学生時代のままの姿がこちらに怜悧な視線を向けていた。

 とうも、黒いフレアスカートのスーツを着て白衣を羽織り、精一杯大人に見えるようメイクしてはいるけれど、十五歳の幼さを残したままの姿であることは変わらない。

 ともすれば教え子たちにも勘づかれたかなと思えて、

 ──優愛ゆあちゃん、大変だったんだな。

 と、今は心身ともに混じり合ったひとのことを親しく感じていた。


 地下宮殿で灯と優愛がひとつになったとき、小夜は乃羽のわと、あきらるなと融合を果たしていた。真理亜まりあたちも教職員たちと混ざり合って記憶と技術を継承していたのだ。

 経歴上の必要から、教師としての赴任は教員免許を取得してからになったけれど、ほぼ同一人物だから職務の引き継ぎに支障はなかった。

 栽培者さいばいしゃ化した同僚が本社に健在だったこともあって、アナーヒターでの研究活動はとどこおりなく継承することができたのだ。

 

 有尾の童女どうじょが灯たち栽培者に求めた超人の創生は完成を目前としていた。そのためには依然、迦陵かりょう様の肉体を主成分としなければならなかったけれど──。


「分かってはいるけれど、興奮するじゃない。七世代、二百十年以上を掛けた計画が完成を目前にしているんですもの」

 ──それはそのとおり。

 灯の中にも引き継がれた栽培者たちの研鑽けんさん・試行の堆積たいせきが、ついに花開こうとしているのだから。心の中でひとつに溶けあった何人もの想いが高揚を示しているのが分かる。

「そのためには、まだしばらくはこれを続けなきゃだめか」

「そうね。あまり心地良いものじゃないけれど、人殺しよりはマシでしょ」

「うん、そうだけど」

 ふたりの見つめる先──。


 根の瀑布の中に無数の裸童女が絡め取られていた。


 地上にいた迦陵様たちより果実めいて見えるのは、皆腹部を大きく膨らませているから。

 優愛の受動的反抗を契機とした十年前の破局を経て、童女果樹は人間そのものを肥料とすることはなくなった。進化がより適応的な道を探すように、新たなせつ方法を選択していたのだ。


すいするわ」


 小夜が産婦人科医のように冷静に告げる。

 無数の裸童女たちの脚に水が流れていた。股の合間──ちいさな膣口ちつこうからだ。

 膨らんだ無数の腹部がふるえる。平素は心を宿しているかも定かでないかんばせも苦痛に耐えるかのようにゆがんだ。

 第二次性徴も迎えていない小孔しょうこうが痛ましいほど大きく口を開いていた。中から押し出されようとする異物が赤くつやめくリンゴ状の球面を覗かせている。

 根に拘束された細くしなやかな四肢がひねられて大開脚が波打ちだす。サンゴのような群体を思わせる裸童女たちのうごめきは崩落寸前の雪棚めいた緊迫を高めて、神経をつまく絶頂のなか、羊水と肉塊にくかいはなを産み落とした。


 脳裏に焼きつく花火の妖しさはせつに根の瀑布に呑み込まれる。


 目をらすと、地に垂れ下がる根の狭間はざまに無数の果実が転がっていた。赤子の頭部ほどの球体は、赤身の肉めいた質感を胞衣えなと羊水にまみれさせている。

 すぐに常温下に置かれたアイスクリームのように形を崩して、こごる根の中に溶け消えていく。がたい滋養に歓喜を放つごとく、光が膨大な根に走り消える。


 これが変容の実態。

 新たな迦陵様たちに男根おとこ様を寄生させられた生徒たちは、交わりのなかで迦陵様たちの胎内に肉の果実を実らせる。交わった二者の遺伝子を併せ持つ肉塊は、生物としての機能を持たない半面、童女果樹にとって至高の栄養価を帯びていたのだ。


 生徒たちを肥料とする犠牲の連鎖は断ち切られていた。

 

 ──それは、もう新たな栽培者が生まれないことも意味するんだよね。

 有尾の裸童女の目論見が完結するときは近い。

 ──そのとき栽培者私たちは生きていられるの?

 来たるべき栄光と破局に思いを馳せると、いつも胸裏は妖しくざわめく。その不安を圧倒して湧き起こるのは、これから世界に現れることになる超人たち──進化した人類種が築くであろう楽土の安逸だ。

 灯の、優愛の、それ以前の栽培者たちの生は、その実現のためにあったのだから。


 満身に充ちる至福のなかで、灯は生まれ来る超人──美しい人ホモ・ベッルスの姿を心に描いた。 

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童女神の末裔 伏姫 円 @nekomimizukin

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