第三十節 新世紀の雛鳥

「先生──さかき先生!」


 甘い少女の声が意識の底を揺すぶった。

 眠りに遊離した心が体に定位していく。

 もう十年も前から変化を止めた体──十代なかばのままのれい姿を動かして、とうまぶたを開いた。


 霞んだ視界に光芒が射して、幼い面立ちの少女の像を結ぶ。


 ショートボブカットの黒髪、白ブラウスのセーラーカラー、チェック柄のミニスカートが葉音と共に風に揺れている。

づきさん?」

「もうみんなじゅ様のもとに集まってますよ。あとは先生だけです」

「あ、そうなの。もうそんな時間か」

 女生徒──夏月みずは、ホント困った先生、と呆れた顔をする。

 その姿が、かつての自分たちと懐かしく被って、

 ──ああ、いつの間にか逆転しちゃったんだ。


 微笑ましいような苦いような、複雑な気持ちで見つめ返す。

「すぐに行くわ。欠席した子はいない?」

「だいじょぶでーす。こんな楽しいこと、熱が三十九度あったって休んだりしませんよ」

「いや、それはさすがに休んでもらうかな。無理やりにでも」

 ──若さの食い付きはすごいな。

 立ち上がって、お尻に付いた草のかけらをはたいた。

「榊先生、お疲れですか。ぐっすり眠ってました」

「ん、そうかも。昨日もずっと研究所にいたからなぁ」


 深い眠りの中で昔の記憶をたどっていた。

 まだ学生だった頃──あの原生林の中で新しい肉体に生まれ変ったときのこと。




     †




 十年前──しゃ女学院とアナーヒター分室で発生した大量失踪事件はおおやけには未解決のまま。百九十五人の生徒と二十三人の教職員を消し去った空前の神隠しは一般に大騒動を巻き起こして、学院と分室の閉鎖にまで至ることになった。

 とうを含む百人余りの生存者は捜査当局から徹底的な取り調べを受けた。皆は共謀して「眠りの中にいた」と訴え、事実については黙秘を貫く。

 それはなかば本当のこと。


 童女どうじょじゅの根に実るまゆで新栽培者さいばいしゃに転生した灯たち百人余りは、優愛ゆあたち旧栽培者と融合して使命を了解したあと、童女果樹根元の地下空洞でふたたび目覚めた。

 そのときには、そうめいていた無数の少女たちは根塊こんかいや膨大な根ごと跡形もなくなり、奥地へ進む通路は崩落で塞がれていた。地上に戻ると、童女果樹そのものも枝に実らせた迦陵かりょう様もろとも枯れ果てていたのだ。


 もぬけのからになった学院棟に戻ったときには、前庭には山岳救助隊の仮設施設があり、消防団や警察官も入り交じった多数の人々が出入りをしていた。保護された灯たちは回復を待って事情を問われることになったのだ。

 アナーヒター分室が襲撃されてから七日もの時が経っていた。


 セントイノセント礼拝堂の冷蔵室に納められていた切断死体は何処いずこかへ運び去られていた。手術室は清掃されて血痕のあともなかったそう。荒れ果てたアナーヒター分室には誰ひとりいなかった。教職員たちの死骸もストラグルボディも見つからなかったのだ。

 救助隊がどれだけ原生林に入り込んでも行方不明者は見つかりようもなく、灯たちが体験した神秘に遭遇することもなかったそうだ。


 灯たち生存者は倶舎女学院東京校へ編入されて、青森県の山中から東京西部の山中へ生活圏を移動した。

 白銀しろがねやアナーヒター本社は司直の追求を握りつぶし、一族や関係者がこの事件で逮捕されることはなかった。事件が迷宮入りするにつれて、すべては忘れ去られたかに見えた。

 しかし、終わってなどいなかったのだ。


 目覚めたとき灯の手に握らされていた、ひとつの苗木があったのだから。


 ちいさな童女果樹に思える姿は迦陵様を実らせる巨木に育ち上がるだろう。自ら産み出した稚児ややこのように大切にはぐくむべきなのだ。そう確信できていた。

 あの有尾の童女どうじょが灯に託したものなのだから。




    †




「行きましょう」

 水菜の柔らかな手に引かれて樹間このまを進んだ。

 鋪石しきいしの敷かれた歩道に出る。

 俱舎女学院東京校の広大な私有地は山地の森の中。植生こそ針葉樹を主にするものになったとはいえ、渓流を持つ豊かな森は青森校があったブナの原生林と近しい。鍾乳洞が穿うがこうしつの地下空間も健在だった。


 道はすぐ円形広場に通じる。

 車輪ののように八方から通った道の中央に巨木が聳えている。太い幹から広がる枝には無数の裸童女が吊るされていた。

 十年まえ灯がこの地に植えた苗木は、アナーヒター本社から提供された液体肥料の力もあって一年を待たず大きく伸びて、翌年の春には迦陵様を実らせだした。

 新たな童女果樹は森の意志ウッド・ワイド・ウェブをハックして我が物とすることは同じだったけれど、養分吸収の仕方には変異を帯びていた。

 すなわち──。


 十代なかばの少女と十歳ほどの童女のペアが何組も連なって、幹を取り巻いてうごめいている。二十組ほどのすべてが瑞々しい裸身を晒していた。


 俱舎女学院東京校の生徒たちと迦陵様たちの交わりだ。


 童女の腰を背後からつかみ幼いお尻にけいを打ちつけている子。

 ひざまずかせた童女の幼い口に膣からの隆起を咥えさせている子。

 草地に座り込み童女と正面から繋がり抱き合い舌を交している子。

 四つん這いにした童女の幼いお尻にまたがって腰を使っている子。

 脚を開いた童女の下にひざまずいて無垢な割れ目を貪っている子。


 千変万せんぺんばんする美と卑猥の結合が無数の体位と欲望の帰結として花咲いている。

 その性交を円滑にさせているのは生徒たちの膣から生え延びた陰茎──男根おとこ様だ。

 子供の膣に突き入る肉棒が内性器に伝える快感に、生徒たちは満腔まんこうの喜びを込めて腰を使っている。


 立ち止まり見つめていると──。

 手を放した水菜がお股を押さえて尿意をこらえるようにしだす。

「ああ、もぅだめ、あたしの男根おとこ様がうずいてぇ、我慢できない!」

 しゃがみ込んだ灯は水菜の股間を見つめる。

「いいよ、開放して」

 プリーツミニスカートをからげた水菜はパンツを穿かない下腹部をあらわにする。

 医療レーザー脱毛を受けた恥丘ちきゅうで、幼さが際立つ小陰唇のひだが細かくふるえていた。

「ああ、出てくる、出ちゃう──あぅ!」


 内部から押し広げられた膣口ちつこうが肉のかしらを産み出した。うるおいをまとう肉の竿が伸長して猛々しく屹立する。


 快感を求めて上下する男根おとこ様を間近で見つめて、

「ふふ、元気な子ね、もうこんなに暴れてる」

 灯は右手を伸ばして隆起を握った。

「きゃあ、ひぅ」

 水菜は喜びにふるえて身を固める。

 芯がありながら柔らかな感触を柔くしごくと充足の吐息が漏れ出した。

「ほら、犯してあげて」

 手を放してお尻に触れる。


 童女果樹の根元には、ひとりの迦陵様がこちらを向いて立っていた。


づき、逢いたかった」

 水菜は恋人と再会した実感を込めてそちらに歩んでいく。

 ──葉月、か。私たちの頃は名前なんてつけなかったな。

 立ち上がって、抱き合う水菜と葉月を見つめる。


 灯がこの地に植えた苗から実った迦陵様たちは、その美しさは変わらないまま固有性を生じさせていた。クローン個体のように単一な姿ではなく、個人を認識できる異なった容姿をしていたのだ。行動様式も、一体で複数の生徒を魅了する女王の形から、ひとりの生徒に所有される恋人の形に変化していた。


 その変異は、童女果樹がせつの方法を刷新したことに由来している。

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