第二十八節 裸少女、冥界を往く

 うるわしい裸身たちにどれだけ従ったか。

 天井をきらめかせる隧道すいどうが急激に広がった。遙かな高みに岩影があるのに、肺を清めるように澄んだ霧が流れていく。全天から降る光が透かしてなかのよう。

 ――どこかが地上にひらいているの?

 仰いでも裂け目は見つからない。

 先導する有尾の童女どうじょは迷いなく前方に進んでいく。


「どうなってるんだろ、ここ。ホントに洞窟の中なのかな?」

「不思議ね。ブナの枯れ木に群生するツキヨタケという毒キノコは、ランプテロフラビンという成分でひだを青白く発光させるわ。灰重石かいじゅうせきが含まれる洞窟では、光を消して紫外線ランプを当てると一面が青白く発光するそうね。でも、どちらもこんなに明るくはないでしょうし」

 小夜さよはいたずらっぽく笑み、

「残る可能性は自然放射性物質の鉱床くらいかしら?」

「えっ、それってばくしちゃうってこと!?」

 どれだけの放射線量があるかは分からないけれど、裸で浴びて良いものではないことは確実。

 腕を抱く力を強めると、小夜は柔らかく吹き出す。

「冗談よ。ウランの発光色は緑色だし、原子炉の炉心や使用済み核燃料の貯蔵プールで見える光は青色ね。こんな優しい乳色ちちいろじゃないわ」


とうちゃん、小夜ちゃん、ご覧になって。地底湖です」


 そばを歩む真理亜まりあが右横を指す。

 一帯に立ちめ肌を涼やかに撫でている霧の一部が裂けていた。深い奥行きが覗いている。白い岩地はすぐそばで鏡めく清水しみずを満たしていた。乳色の光を砕いた水面みなもが彼方のもやに没している。

 広大さに距離感が狂いそうだったけれど。

「水中にも光がある!」

 小夜の腕を放して駈け寄り、みぎわ瞰下みおろす。

 なだらかに傾斜しながら深まる湖底に光が散点していた。遊泳する深海魚めいた白光はっこうは鉱石の輝き。氷のような質感が湖水を星辰に擬態している。

「すごい」

 魅了されていると、柔らかな気配が右隣に寄り添う。


 真理亜の左腕が灯の腰を抱く。

「まるで天地がさかさまになったみたいですね。ね、灯ちゃん、今のわたくしたち、妻を追って冥府におもむいた伊邪那岐命いざなぎのみことやオルフェウスみたいだと思いません?」

「や、やめてくださいよぅ。だったら、この先にあるのは死者の国になっちゃうじゃないですか」

 穏やかな顔が見つめて、

「でも、わたくしたち、あの繭の中で一度死んでしまったのかもしれませんし。だとしたら、ここが死者の国でもおかしくありません」

 れきが灯の左隣に寄り添い、

「でもさ、あの世がホントにあるなら見てみたいじゃん。これって千載一遇のチャンスなんじゃない?」

「みんな元気だなぁ。私、そこまで楽天的にはなれないよ」

 理系、文系、好奇心系──分野は異なっても三人とも状況をたのしんでいるようだった。

 礫が上目遣いで見つめ、

「ん~、灯ちゃん、ホントに怖いって思ってる? ボクさ、あの繭から出てきたときから、なんか妙に心が満たされてるんだ。ママの顔なんて覚えてないけど、もし赤ちゃんのとき、おっぱいに抱かれてたらこんな気持ちだったんじゃないかな、って」

「うん、それは分かるよ。私もそんな感じだし」


 まゆの中で自分ではない別のなにかに変容したときから、心の中に確かな満足感があった。真理亜に抱かれたときや小夜と触れあったときと等しい充足は、偉大な存在ものに祝福・庇護されている実感そのもの。

 ──それがあの女の子なの?

 百名近い裸少女らしょうじょを、なおも洞窟の奥へ引き連れていく有尾の裸童女を見つめた。

 その存在が迦陵かりょう様を生み出した森の意志ウッド・ワイド・ウェブとどう結びつくのかは分からない。

 ──だけど、もし、森そのものが、あの有尾の生き物にとってのコンピュータだとしたら?

 背筋がふるえた。

 童女どうじょじゅに凶暴化された生徒たちの姿が脳裏に浮かぶ。

 ──あの子がその支配の意志を統括しているの?


「ちょっと、アンタたち、みんな行っちゃうわよ!」

 裸少女たちの殿しんがりからまゆの声が響く。

 小柄な体に信じられないほど大きな乳房を実らせた童顔少女が、高く掲げた右手を振っていた。

「あっ、うん。行こう、灯ちゃんたち」

 繭の許に駈け寄っていく礫の裸身に、灯たち三人も続いた。

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