第二十五節 実験槽は騒乱中

 白く清潔な掛布団の中で真理亜まりあの裸身が寝息を立てている。れきまゆ永遠とわも裸のままベッドで眠りに就いていた。

 洗浄機で膣内なかを洗われたあと訪れた休息室には、カーテンで仕切れるベッドが五台。

 べッドサイドの椅子に坐って見つめる美貌は穏やかに目を閉じている。礫たちにも苦痛の色はない。


「真理亜様たち、目を覚ましたら今日のことは忘れているの?」

「みたいね。私が儀式に参加し出してから、記憶を消された子は見てないけれど」

 壁際に立つあきらが答える。

 窓際のベッドで眠っていた小夜さよがこちらに寝返って、

「そういえば、玲に訊いておきたいことがあったわ」

「なに?」

「あなたもアレに寄生されているのかしら」

「え?」

男根おとこ様。執行部員が選挙もなしに選抜されてから二か月は経っているのだもの。気になっていたの」

「そ、そんなこと聞いてどうしたいのよ」

「アレをおまたから生やしたら、どれだけ気持ちよくなれるのかしら」

「さあね。また儀式があったら分かるんじゃない?」

 頬を赤らめた顔がそっぽを向く。閉じ合わせた太腿がなまめかしかった。


 童女どうじょじゅが人肉を養分にするには細菌に感染させることが必要。

 ──そのために用意されてたのが性交っていう快楽なんだよね。

 とうも快楽には弱い。校則で携帯を取り上げられていなかったら、SNSやソシャゲの奴隷だったはすだ。小夜の克己こっきしんは強そうだけれど、倫理より好奇心を優先させるところが危うく思えた。


「面白半分で試さないほうがいいよ。おう様だって迦陵かりょう様に操られてたみたいだし。うっかり寄生されたらあぶないかも」

 小夜がこちらを見つめて、

あやさんのしていた話ね。あれは実験だったらしいわ」

「実験って?」

「迦陵様は電波を介して操れるようになった。では寄生を受けた人間はどうだろう?」

「じゃあ、美桜様を操っていたのは学院の人たちなの」

「そうよ。そばに置いた迦陵様を媒介させれば可能だったみたいね。男根おとこ様を子機として機能させたみたい。まあ、そういった意味では寄生を受けるのはぞっとしないわね」

「言い回しが古いよ」

「私の心が未来や過去に行きがちなの、知ってるでしょ」

「まあね」


 小夜はおない年の十五歳。五年前まで重篤じゅうとくな自閉状態だったはずなのに、実年齢ばなれした知識や達観を示されることはざらだった。

 かく思う灯も現代になじめてなどいない。

 ──情報源が偏ってるから、思考も語彙も逸脱するばかり。


「みんな、いつごろ目を覚ますのかな」

 ベッドから起き上がった小夜がローファーを履いて、

「電波混信装置の影響は治まったでしょうけれど。記憶消去のための睡眠に落ちているなら、もう少し掛かるかもね」

 立ち上がった小夜は玲を見て、

「お手洗いはどこかしら。薬を呑みたいんだけれど」

「廊下に出たら右の突き当りよ。水が欲しいなら持ってこさせるけれど」

 玲の視線が壁のインターホンに向かう。


 ──開眼カイゲン、か。

 小夜は折々に銀色のピルケースから錠剤を取り出して口に運んでいた。

 ──その力が小夜を人のあいだに繋ぎ止めてる。その絆が断ち切られてしまったら。

 考えただけでも背筋が凍る。

 小夜のことを思うなら白銀しろがねの存在は絶対。月を司直の手に引き渡すことで、開眼カイゲンの開発・提供を妨げさせるわけにはいかない。

 ──でも、それだと白銀の犯罪を隠匿いんとくすることになる。


 心の天秤が聖邪を量りかねていると、廊下から靴音が響き込んできた。ヒールで無理やり走るような叩音こうおんの連続が大きくなり、ノックもなしに扉が全開される。

「みんな逃げて!」

 切迫した姿を現した優愛ゆあが叫んだ。

 その印象は窓辺に生じた気配に奪われる。小夜が寝ていたベッドの脇──。


 カーテンが開かれた窓に裸の少女が貼りついていた。

 

 ガラスに両てのひらを触れさせているのは、

「紗綾さん!?」

 三つ編みをふたつ結びにした相貌に感情はない。

 木立にもる霧の微粒子にいくつもの人影が揺らめいて、裸の少女たちを現した。皆無表情で、糸で吊られた人形のように歩んでくる。

 ──まさか、みんな操られてるの!?

「灯、玲、廊下に出て!」

 小夜がこちらに駈けてくる。

 窓際に来た子たちが右手を振りかぶった。

 持っているのは、

 ──石つぶて!

 衝突音が連続する。

 破砕音が耳を突いてガラス片が撒き散らされた。

 白い指先が鍵を動かして窓枠がスライドされる。

 柔肌やわはだが傷つくこともいとわずに体を引き上げた紗綾たちが乗り込んでくる。


さかきさん、早く!」

 優愛の声が耳を打つ。

 小夜に右手を引かれた。

 四人が廊下に出ると優愛が扉を閉める。

 鍵が挿し込まれて施錠された。

 迫る膨大な気配が裏から扉を揺すぶりだす。

「こっちへ」

 連続する打撃音に押されて、廊下を進む優愛のあとに続いた。

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