第二十三節 共生は野望と共に
「ママはそうは思ってなかったわ。
「
「ママは童女果樹を利用しているつもりなんでしょうけど、そう思い込まされて奉仕させられているだけかもしれないわ。超人になれたって、ああまで人の心を忘れて、なにが進化なのかしら」
「でも、理事長様には娘を
玲は気まずそうに視線をはずし、
「ママが私を大切にしてるのは、娘だからじゃないわ」
意を決した瞳に見つめられた。
「私がママのクローンだから。実験の貴重な成果だから大切にされてるだけ」
腕を組んだ玲は顔を伏せる。
「勝手なものよ。男を愛せないからって、自分の複製体を娘にして、だから大切だなんて」
──理事長様は人のクローンを造り出したの? それも自分の!
技術的には可能なのだろう。
哺乳類の体細胞クローンは、一九九六年にドリーという羊で実現されてから、様々な大型哺乳類で行われている。クローン個体も繁殖能力を持つけれど、テロメアの短縮など遺伝子異常が起こりやすいことや、倫理上の問題から、人への技術適応は禁止されていたはずだ。
──玲の生きることになげやりな態度が、母親のクローンとして造られたことに
「ねえ、玲。こんなこと言うと怒らせちゃうかもしれないけど、そんなに気にすることないと思うな」
「どうして?」
よく分からないわ、という顔をされた。
「だって、理事長様のクローンでも、玲は玲だよ。遺伝子を共有してたって、育った環境も
「それはそうなんだけど。
「うん。でもさ、それって私も一緒だよ」
「はあ?」
「私もいつ死ぬかわからない。いきなり病気や怪我で死んじゃうかもしれない。だからって、より良く生きることをあきらめるのは悔しいから。綺麗事だと思ってくれていいけど、私、玲といっぱい楽しいことしたいよ」
玲は深く息をついて、
「同情なんてやめてほしいんだけどな。
こちらを見つめる顔は和らいでいた。
両脚を開いた小夜が腰に両手を当て、
「さて、倫理知らず三人で、不倫理の女帝と談判しに行きましょうか」
「
「
「無理よぉ。理事長様の邪魔になるなら、記憶を消されるしかないわ」
「私と玲の記憶は消されませんでしたね」
「それは、ふたりは有用な被験体だし、将来は共同研究する立場にもなってもらえるから」
「灯もその立場に立てるとしたら?」
「可能性は低いわ」
「とはいえ、ここから
優愛は首を横に振って、
「やってみることは否定しないけれどぉ、甘い
「ご忠告は痛み入ります」
玲が壁から離れて、
「ママは三階の所長室よ。職員に見つかると厄介だから、行くなら慎重にね」
「手回しをありがとう。玲がいなければ閉じ込められたままだったわ」
「いーわよ別に。私もママには言いたいことがあったから」
──小夜の脱出を手引きしたのって玲なんだ。
理事長兼所長の娘だから監視も手薄だったのかもしれない。
かたわらの扉を少し開いた玲は、顔を出して左右を窺う。誰もいなかったのか、扉が大きく開かれ、こちらが手招きされた。
「いいわ、来て」
優愛に一礼して廊下に出る。
天井のダウンライトが飾り気ない白さを照らしていた。壁に並ぶ扉はすべて閉められ、
玲を先頭に左に進んでいく。
十字路手前の右壁にエレベーターの扉が見えた。皆が立ち止まると、玲が昇りボタンを押す。
3Fの光が1Fに向かってきた。
「こっち」
玲に左袖を引かれる。見やると、小夜が十字路の角に隠れたところ。
──誰かが乗ってくるかもしれないんだ。
一緒に角に入り込む。
自動扉が開く音。
誰も降りてこない。
歩み寄った玲が中を覗いて、
「大丈夫よ」
皆が籠に乗り込むと、3Fのボタンが押された。扉が閉まって上昇していく。二階で止まらずに三階に着いた。
扉が
所長室と書かれたプレートがつけられていた。
いいかしら? と視線で問われて、灯と小夜は無言で頷く。
深呼吸した玲は扉をノックする。
「ママ、私よ。入ってもいい?」
「どうぞ」
おちついた
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