第十七節 虜たちの推理

「大丈夫?」

 冷蔵室の右奥で尻餅をついているれきに手を差し出す。

「ありがととうちゃん。うっわ、お尻貼りついちゃってる!」

 手を取った礫は凍った床からパンツを引き剥がして立ち上がると自らを抱く。

「え~と、小夜さよちゃん、引き戸は開きそう? やっぱボクたち閉じ込められちゃった?」

 調べる手を止めた小夜がこちらを向く。

「引き戸の周りに入力装置はないわ。大昔の冷蔵庫みたく内側からあけられないように見える。だけど危機管理上それはない」

 冷静な姿に希望をめ、

「どこかに暗証番号を入れるボタンがある──よね」

「そうね。それを探しましょう」

「ん、よし。じゃ、ボクも探すよ!」

「私も」


 棚と切断死体のほかになにもない部屋。中から開くことを想定しているなら見つけづらいところにあるとも思えない。

 なのに──。

「うっそだ~、なんで見つからないのさ!」

 礫が声を放つ。

 室内を探索すること十数分。壁や天井だけでなく、切断死体を掻き分けステンレス棚の奥まで探しても入力装置は見つけられなかった。


 入り口脇の棚を探していた小夜が太腿の肉を投げ捨て座り込む。

「お手上げね。この引き戸は内側からはあけられないのかも」

「そんなあ~」

 なげいた礫が小夜と背中合わせに座り込んだ。

「なにかほかに方法はないのかな」

 あきらめきれず声を掛けても、

「思いつくなら実行してみてくれる?」

「無理」


 気力を削がれ、ふたりのそばまで行くと背を向け座り込む。

 沈黙が落ちた。

 抱き込んだ膝の上がカチカチと鳴っている。

 ──なにこの音?

 寒さに耐えるため、顎が歯を鳴らしていた。

 背に流していたマントを体の前に引き寄せる。腕や脚も青白くなっていた。

「ふたりとも、大丈夫?」

「まだなんとかぁ。ボク、体温高いほうだし」

「これくらい平気」

 ──そんなの痩せ我慢。

 運動競技好きな礫は筋量があって熱を作りやすいのかもしれない。モデル体型の小夜は寒さには相当弱いはず。

 ──まだ血を失ってなくてよかった。まあ、どっちにしても一緒か。

「ねえ、私たち、もう終わりなのかな」

「終わってたまるかだけど、どうしたらいいのかなぁ」

「可能性はふたつね」

 小夜を振り向き、

「方法があるの?」

「ひとつは抜け道。もうひとつは救助」

 視線を合わせず即答される。


「この礼拝堂のふざけた造りを考えれば、出口は隠し扉になっている可能性がある。入力装置を求めたことで、その発見を遠ざけたのかもしれない」

 小夜は息をつき、

「私たちが冷蔵室に閉じ込められたことに教師が気づけば、礼拝堂に来て、外の入力装置を押してくれるかもしれないわ」


 灯は少しうなだれて、

「隠し扉はあるのかもしれないけど、救助は間に合わないよ。だってお昼にはまだあるし」

 左手首の腕時計が示すのは十時四十二分。

 正午過ぎには助けが来るとしても、それまで生きていられる自信はない。

「そうかしら」

「そうじゃない場合なんてある?」。

「あ! 小夜ちゃん、新しい考えがあるの?」

「それほど新奇な思考じゃない。誰が礼拝堂の入り口に鍵を掛け、合鍵も始末して、私たちを閉じ込めたのか。それを考えていたら、二通ふたとおりの犯人像を思いついただけ」

「私たち八人とたくさんいる迦陵かりょう様、そのうちの誰がやったことだとしても、救助は早まらないよ。あきらの言うとおり、その誰かが理事長様の指示を受けていたとしたら、救助なんて来ないのかもしれないし」


「指示なんて受けていなかったら」


「え?」

「玲も言っていたでしょ、迦陵様たちは独自の意思で動いているって。彼女たちの都合で私たちを閉じ込めたのなら、学院としても予想外のことになるわ」

「でも、それなら今までの儀式はどうして無事に行えてたの?」

 礫がこちらを向いて、

おう様が操られてたんなら、迦陵様も操られてたんじゃない? まゆ様もカラクリって言ってたしさ。そのコントロール装置が壊れちゃった、とか?」


「そうね。考えてごらんなさい。人を殺すのならもっと上手うまくやらないと。今回の祝宴で、主人四人と隷者れいしゃ四人──八人もの生徒が死亡したとしましょうか。それらをすべて退学扱いにして、生徒や保護者を納得させられると思う?」

「それは──さすがに無理かも」

「だとすれば、あの自律果実が独自の目的で私たちを閉じ込めていたとしてもおかしくないわ」


「じゃあ、もうひとつの犯人像──迦陵様たちじゃないパターンは?」

「学院内の誰かと礼拝堂内の誰かが結託して施錠を行なった。でもそれが学院の総意ではない場合があるの。少なくとも理事長様の筋書きではなさそうね」

 小夜は天井付近を仰ぎ、

「いずれにしても、監視カメラでこちらを見ていた方は大あわてでしょうね」

「え!?」

 視線を追うと、壁の角で小型のカメラがこちらを向いていた。

「うわぁ~、そんなものあったんだ!」

「すっごいよ小夜、宇宙人みたい!」

「失礼ね、人間よ。やっと人間になれたんだから」

「ごめん。悪く言ったつもりじゃないんだ」


 今になって小夜が人と人間の定義にこだわっていた理由が分かる気がした。人は個人を、人間は集団を表すから。重篤な自閉スペクトラム症から奇跡的に回復した小夜には、その差異が重要だったのだ。


 やっと誰かと共に生きられるようになった──それが人間になることなのだから。


 礫が元気をしぼり出すように立ち上がる。

「よっし、じゃあ、さがそ! その隠し扉!」

「うん。じっとしてるよりはマシだね」

 染み入る冷気を払うように灯も立つ。

 起立した小夜がマントを背に払い、

「だとすると怪しいのはあそこね」

 視線は首棚に向かっていた。

「あんなおごそかなところに?」

「だからよ。私たち、あそこを調べてないでしょ」

 ──言われてみれば。

 ひしめき並ぶかしらは正視もはばかられ、三人とも手を触れていなかった。


 厳粛さを食い破るように首棚に歩んだ小夜は、左の側板がわいたに触れて、上下左右に力を込める。

 笑顔がこちらを見つめて、

「大当たり! 灯、礫、手伝ってくださる」

「ホントに!?」

 礫が駈け寄っていく。

 灯もあとに続いた。

脚車あしぐるまがついていて左右に分かれるの。ふたりは右側を引っぱって」

「分かった」

「うん!」

 礫と灯は右の側板を持つ。

「引いて!」

 右方向に引くと確かな手応え。

 ──すごい、これは動く!


 重厚な音を響かせて首棚が中央から分かれていった。


 窪みにまって脚車が止まる。手を離して見ると、引っ込んだ壁の左右にふたつの首棚が位置していた。

 開かれた中央に礫がひとっ跳びして、

「おお~、扉だ~!」

 隠されていた壁に両開き扉があった。右横には入力装置もある。

「やった! これで出られる」

 希望に声が強くなる。

「まだよ。入ったときと同じ番号で開くのか分からない」

「でも、押してみないと」

 入力装置の前に行き、手を伸ばした。


 から電子音が響き、指を止める。


 振り向き終わるより早く、背後のステンレス戸が開いた。

「みんなぁ~、だいじょうぶ~? いーきーてーる~」

 よく聞き知る甘ったるい声が飛び込んできた。

 白ブラウスに黒タイトスカート、ストッキングにパンプス姿のひとは──。

優愛ゆあちゃん!?」

 同級生でも違和感のない童顔があわてふためき、

さかきさん、影山かげやまさん、がみさんも。よかったぁ、貴女あなたたちは無事ね~」


 家庭科教師の柏木かしわぎ優愛は巨乳の前で手を組み、深く安堵を示したのだ。

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