第十六節 虜たちの分断

 六人はステンレス戸の前に集う。


 左横のボタンを3003と押して決定した。電子音が響く。

「どうかな、開きそう?」

「開くわ」

 良し悪しを判じる前に小夜さよが把手を右に引く。冷たいもやが皆を覆ってすぐに見えなくなった。

 中に入った小夜が壁際に触れる。天井照明がともって室内があらわになった。粟立つ肌を抱きながらあとに続く。れきたちもついてきた。

 広さは手術室と同じくらい。左右の壁際がステンレス棚だから手狭に感じる。


 棚板には解体された人体が満載。


 関節で切られた脚と腕。はらわたを抜かれた胴。几帳面に分類された臓器。頭部を除いた同年代の少女の肉が真空パックされて分け置かれていた。復元すれば四人分ほど。凍えるほどに低い室温で腐敗は防がれていた。


 無数の視線を感じる。


 正面奥にある碁盤の目型の仕切り棚に二十近くの頭部が納められていた。すべて十代の少女のもの。皆表情は穏やかで、肌と髪も整えられている。にせずまつられているようだ。

「ななな、なな、なんなのよぅこれ。なんでこんなこと」

 まゆは礫にしがみつく。

 返答はない。皆光景に呑まれていた。


よしあい沙枝さえけい──ひか灰島はいじま先輩も」


 首棚くびだなを見つめるあきらが喉の奥から声をしぼり出す。その視線を追ってマス目のひとつに見つけた。

 ──おう様。こんなところに。

 首棚の中央からこちらを見つめる瞳は、幻視するほど脳裏に焼きついた灰島美桜のもの。首元の血痕は清められて肌の色艶も良くなっている。髪も結わえられて三日前より生き返ったよう。

 ほかにも見知った子のものがいくつかあった。

 ──四月なかばに隷者れいしゃに選ばれて、六月なかばまでには退学していった子たち。


 見つめるうち弔意に打たれる。

「まるで墓標みたい」

 ──あれ、この気持ち、おかしいかな?

 小夜も首棚を見つめて、

「そうね。頭部だけはエンバーミングされているわ。この大量殺人を行なった者にも死者を弔う意志があったということ。愉快犯とは違うようね」

「だとしたって、こんな不気味なやり方をしなくてもいいと思うわ」

 玲が嫌悪をにじませる。

 ──それが普通の感覚なんだろうな。


「綺麗」

 つぶやきのほうを向くと、首棚の左にしゃがみ込んだ永遠とわが部屋の左側を見つめている。

 ──永遠様?

 歩み寄って視線を追う。首棚の左右の空間は横に引っ込んでいた。

 ――入り口からだと死角になってたんだ。

 左奥の壁際に並び立つのは三人。皆十歳ほどの童女どうじょだ。目をつむった美貌に青みを帯びた肌は──。

迦陵かりょう様!?」

「こっちにもいるよ!」

「なに? カラクリ人形たちまで保管されてるの?」

 振り返ると、抱きつく繭を引きずり立つ礫の背中が見える。その奥の引っ込んだ壁際にも裸の童女が三人立ち並んでいた。六人とも迦陵様の生き写しだ。


 小夜と玲もこちらに来ると、礫と繭が見つめるほうを向く。

「玲、迦陵様は禁域の木に実り、自律行動すると言っていましたね。祝宴のとき、祭壇に置かれていたかしらも迦陵様なのですか?」

「ええ。迦陵様はときどき枯れて、皮だけの抜け殻になるの。それを儀式の飾りにしろって悪趣味なルールがあるのよ」

 ──それであんなことに。

「では、迦陵様は複数体いるのですね。この童女型果実のいずれかが、その役割を担わされることになる、と」

「そうよ。枯れちゃったら、別の子が次の迦陵様になるわ。まあ、飾り物のご神体だけど」


「ちょっと! その迦陵様が真理亜まりあをさらってったんでしょ。ここにいたら危険だわ」

「う~ん、そーなるけど、この子たち起きてるのかな? 冬眠してるみたいだけど」

 礫が首を傾げる。

 ──確かに、みんな活動停止してるみたい。

「その希少植物を学院が管理している」

 小夜は考え込む。

「ねえ、もういいでしょ。証拠は十分よ。逃げましょう!」

 思いを払うように痩身そうしんが振り向き、

「ええ、そうしま」

 小夜の声が止まる。

 ──どうしたの?

 視線で問うても、驚愕した瞳はとうの背後を見つめたまま。

 ──この子が驚いてる!?


「永遠、逃げなさい!」

 そばを駈け抜けた小夜を振り向く。

 立ちすくむ永遠に無数の腕が絡みついていた。

 三体の迦陵様だ。

「この!」

 手を伸ばした小夜に一体が体当たりしてきた。

「ああっ!」

「え、きゃあっ!」

 突き飛ばされた痩身に激突され、絡み合いながら転倒する。

 ──いった~。てか、冷た!


 仰向けになって、凍えた床と小夜の体にサンドイッチされていた。

 床際の視界を六つの幼い素足と一足のローファーが横切っていく。

「ちょっと、やめて!」

「わぁっ!」

「いやあっ!」

 玲の叫び、礫の驚き、繭の悲鳴が続く。

 ──なにが、どうなって。


 顎を上げて反転した視界の中で見る。

 六体の迦陵様たちが永遠、玲、繭をつかみ込んで冷蔵室の外に引きずり出していった。

 灯の体の上から小夜が転がりどく。

 床を蹴った痩身が飛び出す直前、外に立つ迦陵様が横に伸ばした右手を引いた。

 ──待って、それはまずい!

 閉められたステンレス戸にぶつかった小夜がはじかれる。把手に掛けた手が引かれたけれど、びくともしない。

「くそ!」

 扉に体が叩きつけられて金属音が虚しく響く。

「小夜」

 灯も体を起こして立ち上がる。

「閉じ込められた。私のミスよ」

 打ちのめされた声は一度も聞いたことのないものだった。

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