第十四節 虜たちの合流

「お、お邪魔してました」

 ──ああ、われながら間抜けすぎる。

 軽く両手を上げてとうは降参の意を示した。

 

 冷たい目を向けた小夜さよが口元だけで笑む。

「覗き魔さん、言い訳はあるかしら?」

「ワン!」

「人の言葉は?」

 両てのひらを合わせて右目を閉じる。

「ごめんなさい、立ち聞きする気はなかったの」

「まあ、そうでしょうね。貴女あなたのことだから、どんくさかったんでしょ」

 ──さすがにそんな言い方しなくても。

 むっとすると、

真理亜まりあ様はどうしたの。一緒だったでしょ」

 いきなり核心に切り込まれた。

 ──ああ、いつもそうだ。いつの間にかこの子は私を救いに来てくれる。お釈迦様の掌の上にいるみたい。

 安堵で泣きそうになりながら経緯を語った。




迦陵かりょう様が真理亜様をさらって、地下の隠し廊下に、抜け道かもしれない穴、ね」

 復唱した小夜は考え込む。

瀬戸せと先輩が迦陵様にさらわれた?」

 あきらは意外そうだ。

 ──いい機会かも。

「玲様、あの振袖姿の女の子はなんなんですか。私、よく分からなくて」

「玲でいいわ。気を遣わないで。私もよく分からないの。アレは私が執行部に入って儀式に参加したとき、もう礼拝堂ここにいたわ」

 表情に畏怖がもる。

「アレは花かキノコのようなものよ。それが人の姿に擬態してるの」

「は?」

「自生地はここから少し奥に入った森の中。動くけど危害は加えてこないし、しばらくすると枯れてしまう。そういうものだったのよ」

「そんな新種の植物が」

「そう。ママの研究チームはアレも調べてるけど、なんでそうなってるのか分からないみたいね」


「東シナ海にあるワクワク島では、女の形をした実が木にり、ワクワク、と鳴いて熟れ落ちる。冤罪で絞首刑にされた男が漏らした精液は、土中で人型のマンドラゴラになり、引き抜く者を絶叫で狂わせる、とかいうわね」

「それは空想のお話だよ。人型の根菜はときどき八百屋に並んでるけど、迦陵様ほどリアルじゃないし」

「アレが瀬戸先輩をさらってったのなら、生態を捉え直さないといけないかもね。あやだってアレがさらってったのかもしれないし」

「だよね。そういえば小夜たちは出口を見つけられた?」


 腕を組んだ小夜は首を横に振り、

「残念ながら正攻法では無理そうね。隠し通路がほかにもあれば別だけれど」

「そっか。これからどうしよう」

「祭壇に戻ってれきたちと合流しましょう。そこで進展がなかったら、貴女が見つけた風穴ふうけつを調べます」

「マ!? あれはやめようよ」

「ほかに手がないなら、そこを調べるしかないと思うけど」

「玲様まで」

 玲はこちらをにらみ、

「灯、様はやめてって言ったでしょ」

「は、はい。あ、玲」

 玲は、よろしい、という顔をする。

 ──威圧して言わされたんじゃ命令と一緒なんだけどなぁ。




 袖廊そでろうに出ると、ひんやりした静けさに包まれる。

 ランセット窓から射す木漏れ日が空中の埃や真紅の絨毯を照らしていた。閉じ込められているのでなければ過ごしやすい場所だ。


 身廊しんろうに向かっていくと、まだ覗いていないふたつの扉が近づいてくる。


 灯が立ち止まると小夜と玲も倣う。

「ねえ小夜、あのふたつの扉の中はどんなだったの。ひとつは機械室だと思うけど」

 礫と真理亜がブレーカーのスイッチを入れに行っていたのは、この右の裏袖廊。電気や空調を管理する部屋があるはずだ。

 小夜がこちらを見て、

「ひとつは機械室、もうひとつは調理室ね。冷蔵庫もあったわよ」

「今それ言わなくても」

「あら、聞いたのは貴女じゃない?」

「そうだけどね」

 ──ちょっと無神経すぎじゃない?

 小夜はしれっとしたものだ。


 玲が不思議そうな顔で、

「冷蔵庫がどうかしたの」

「あ、いいえ」

 ──でも、話しておいたほうがいいかな?

 優愛ゆあ乃羽のわたち教師が切断死体のことを隠し通すつもりなら、

「ねえ、おう様のこと話していい?」

「よいんじゃないかしら。少しショッキングかもしれないけれど」

 ──いやあ、少しどころじゃないでしょ。

 下手に知らせて恐慌させてはまずい。

 ──でも、理事長様の娘なんだから、有利な見解が得られそう。

 覚悟を決めて、

「あの、玲。私たち、貴女に伝えておかなくちゃいけないことが」


 重さに負けた木材がへし折れるような音が響いた。


 大きくなっていく音に天井を仰ぐ。木製リブヴォールトが落ちてきた。

「うっわぁ~! 灯ちゃんたち! どいてどいてどいて~!」

 小夜に右手をつかまれ、後ろに引かれる。

 空気を痺れさせた振動を見やると、天井に乗った礫が下りてきていた。


 一瞬前まで灯たちがいた場所に壮麗な木組み階段が出現していたのだ。


 ──うっそでしょ!? 隠し階段!

 階段の先端にしゃがみ込んでいる礫がこちらを見上げ、

「あっぶなかった~。灯ちゃんたち、だいじょぶだった?」

「礫こそ、怪我はない?」

「うん、だいじょぶ。絶叫マシンみたいでどきどきしてるけど。でもすっごいよ、これ!」

「ちょっと礫ー、だいじょぶ!? 生きてる? 生きてるのー」

 取り乱したまゆの声が天井から響く。

 仰ぐと階段の上からこちらを瞰下みおろす繭と永遠とわの姿があった。


 しゃがんだまま振り向いた礫は右手を振る。

「いえーい繭様、ボクは平気~。灯ちゃんたちとも合流だ~」

「ああ、よかったぁ」

 繭は心底安堵したふうにうつむく。

 ──あれ、これって。

 危機のとき本性が出るのなら、繭の普段の振る舞いは虚勢。本来はただのいい人なのかもしれない。

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