第十節 虜たちの作戦

「なんだか、寒くなってこない?」

 五分ほど経っただろうか──足元から這いのぼる冷気に脚を閉じる。

 とうに寄り添い坐っている真理亜まりあが、

「ああ~、ブレーカーが落ちたとき、暖房が切れたんです。うかつでした、すぐにつけてきますね」

 甘い匂いが右隣から離れ、右の裏袖廊そでろうに向っていく。


「暖房、効いてたんだ。思ったより文化的だったんだね」

 左隣で眠っていた小夜さよが目を開く。

「演出に呑まれていたからよ。マジックショーと一緒。幻惑には計算された意図がある。設計者が真理亜様かどうかは知らないけれどね」


「設計は理事長様」


 小夜の左隣で永遠とわがつぶやく。

「理事長様があんなことを?」

 永遠は小夜越しにこちらを見つめる。

「儀式にはマニュアルがある。私たちは、それに忠実にすることを義務付けられているだけ。面倒な話だけれど、便宜を図ってもらえるから」

 小夜が永遠を見て、

「生徒会執行部特権ね。部の予算独占、任意生徒の退学、単位の免除までなんでもござれ。そのあまぁい蜜と引き換えに、理事長様はなにを得ているのかしら」


 正面をぼんやり見据えた永遠が、

「私たちの命」

「そんな。いくらなんでも」

 おうの切断死体がフラッシュバックした。

隷者れいしゃが消耗品って呼ばれているの、なかなか適切。私たちから見ても彼女たちの退学率は高すぎ。あやもいつまで私の傍に──」


「もう! なんで見つからないのよ、信じられない!」

 癇癪かんしゃくが吹き抜けに反響する。

 ──これは不運続きかな?

 左の裏袖廊からまゆあきられきが戻ってきた。

 そばまで来た礫に、

「鍵、見つからなかった?」

 礫は両手で後ろ頭に触れる。

「うん。ぜ~んぜん。保管室の中、隅から隅まで捜したけど、ひとつの鍵もないの」


「こんなの悪質よ。紗綾のやつ、繭たちを閉じ込めて楽しんでるんだわ。繭たちがなにをしたっていうのよ。せっかく隷者に取り立ててやったのに」

「まあでも、仕方ないでしょ。鍵は見つからなかったんだから、ほかの方法で脱出するなり、外に連絡を取ることね」

「ほかってなにがあるのよ。のろしでも上げろってゆーの? こんなとこで燃やしたら全員こんがりよ! この繭様に自殺しろとゆーの!」

「さすがにそんなことしろとは言わないけどぉ」

 ──あれ、思ったより深刻なのかも。

 なんらかの悪意の関与があるなら救助も来ないかもしれないのだ。


「みんな~、大変です。エアコンが壊れていました~」

 右の列柱のほうから真理亜の声が響いてきた。




 とりあえず服を着ることで皆の意見は一致した。


 六月下旬でも山中の気候は肌寒く、石造りの礼拝堂も冷気をこもらせやすいようだ。二手に別れた七人は表袖廊左右突き当たりの更衣室に入ると、下着と夏服を着た上にマントを羽織り、靴下とローファーも履いて戻ってくる。

 紗綾の姿は見えないまま。隠れている気配もない。再び祭壇を取り囲んだ七人を照らす八つの灯火ともしびの位置も低くなってきている。


 繭が全員を見まわす。

「で、どうするの」

「合理的にやりましょう」

 小夜が答えだす。

「まずは建物全体の造りを知ることです。何階建てで、何室あるのか。老朽化した建物ですから、ひらける扉や窓があるかもしれません。その上でも脱出困難なときは、扉や窓を壊す道具を探しましょう」


「賛成」

 玲が応じる。

「ボクもそれでい~よ」

「面倒だけど仕方ないわね」

「了解」

 礫、繭、永遠にも異存はない。

「がんばりましょうね」

「はい」

 灯は真理亜に頷いた。


 小夜がそちらを見る。

「加えて執行部の方に確認しておきたいことがあります」

「なにかしら」

「祝宴の終了は何時と見込まれていましたか」

「そうね、長くても三時間。午前中には終わる予定だったけれど」

「学院にも申告していますね」

「ええ。スケジュールを組まれているのは理事長様ですから」

「でしたら、午後になっても私たちが寮に帰らなければ人が来ますね」

「あっ、そういうことになるんだ」


 しゃ女学院は全寮制。生徒には門限が課され、学院外へ出るのにも手続きがいる。土曜日でも帰寮しなければ舎監が気づく。学院が迦陵かりょうの祝宴を催しているのなら、ここでの異常を疑うはずだ。


「お~、小夜ちゃん、あったまい~。脱出不可能でも、待ってれば助けが来るね」

「でも、このいたずらが学院のたくらみだったら、どうなるかしら」

「企み、とは?」

理事長ママが直々に取り仕切っていたら、助けが来ないかも、ってこと」

「ご令嬢の玲様がいるにもかかわらず、ですか」

「ママは研究のためなら娘の命なんて気にしないもの。まあ、これがなんの研究なのか見当がつかないってのはあるけど」

 ──なんの話をしているの?

「いずれにしても行動が重要です。てっとりばやくするため、チームを分けましょう」


 小夜と玲が一階右側、灯と真理亜が一階左側、礫、繭、永遠が二階の探索を任せられ、一同は散会した。

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