第八節 また会えたわね、小鳥さん
「さっきのお祈りってなんだったんだろ」
お祈りのあと主人と
右突き当たりの部屋に入っていった
ぼんやりした頭には楽観が生まれて、脱衣にも抵抗がない。
クローゼットのハンガーに制服や下着を掛け、羽織り直した
裸マント姿の
「点火の合図かもね。
「うん。すっぱい匂いがしてきたよね」
「あれから変な気分だわ。精神に作用するお香でも
「なにそれ」
「
「いくらなんでも、そんな」
「あら、こんな山奥だし、こっそり大麻
──あいかわらず露悪的だなぁ。
引き締まった裸身にマントを羽織った
「ねえねえ、小夜ちゃん。ボク大麻のことなんてよく知らないけど、あれってタバコみたいにして吸うんじゃなかったっけ。お香みたいにして効果あるかなぁ」
「そうね。普通は紙巻やヴェポライザーで吸うものよ。パイプや
「わたし、知ってます」
不安げな声のほうに向き合う。
──いけない、まだこの子と自己紹介し合ってなかった。
「えっと、貴女は」
「
「
右手が上がり、
「礫だよ。
クローゼットの折れ戸を閉めた紗綾は、裸マント姿をこちらに歩ませる。
「わたし、園芸部で。菜園は禁域のそばなんです。永遠様の隷者に選ばれたとき、普段入れない区域の鍵を渡されました」
「じゃあじゃあ、そこでご禁制植物が栽培されてた!?」
礫は
「はい。すごかったんです。大麻草に
「うわぁ~お、よりどりみどり! バレたら即お縄だね」
「だから困ってしまって、永遠様に訊いたんです。どうしてこんなことを、って」
続く言葉をためらう紗綾を礫は人懐っこく見つめて、
「永遠様はなんて言ってたの?」
「
「まるで迦陵様が生きているかのようね」
紗綾は瞠目する。
「生きて、いるのかもしれません」
声は
「なにかご存じなのかしら」
「わたし、四日前の夜、迦陵様と
灯と目を合わせた小夜は、すぐに紗綾を見つめる。
「おふたりはどこを?」
「菜園の立ち入り禁止区域です。わたし、その日に見たことが信じられなくて。寮に帰ったあと、もう一度見にいったんです」
「何時くらいに」
「夜の十時ぐらい、です」
「門限破りね」
非難のそぶりもない声だ。
「隷者特権──らしいです。守衛の人も通してくれて」
「え、そんなのあったんだ」
──真理亜様、そこまでは教えてくれなかったなぁ。
小夜の左
「そこにおふたりが?」
「はい。美桜様と振袖姿の女の子でした」
「
「私も永遠様からそう聞かされていて。退寮されずにいらしたの? って不思議だったんです。歩き方も糸で吊られた人形みたいで、遠目から見たお顔もまっ白で──生きてる人に思えなくて、声を掛けられなかったんです」
「振袖姿の子は、
「そっくりでした。その子をモデルにしたの、っていうくらい」
「その子はなにかしていたのかしら」
紗綾は自らを抱く。
「美桜様を操っているみたいでした。美桜様はその子が指し示すほうにカラクリ人形みたく歩いていって、大麻草を摘んでいたんです」
「まるでロイコクロリディウムね」
「でもさ、その子とあのお人形さんがおんなじって決まったわけじゃないし。まだ、呪いの生き人形かどうかはわかんないよね」
礫の言葉に紗綾の緊張が緩む。
「それは──そうですね。勘ぐりすぎならいいんですけど」
「話はつきないけれど、刻限ね」
ベッドサイドテーブルの置き時計を見ると九時十三分。指定時刻まで二分もない。
「お人形さんにモデルがいるのか、儀式が始まれば分かるかもよ」
「ええ。怖いけれど、なにも分からないよりはいい──はずです」
礫と紗綾は言葉を交しながら部屋を出ていく。
「小夜」
見つめると、思いを瞳に受け止められた。
「分かってる。灰島さんは私たちがアレを目撃する前日の夜まで生きていたのね」
「そうなるね」
「まあ、分かったことっていえばそれだけ。誰が殺して
小夜は息をつき、
「ねえ、灯、いまは気苦労を抱えていないほうがいいわ。これから始まるレズランパに集中して、楽しんじゃったほうがいいでしょう」
「レズランパって」
──レズビアン乱交パーティーの略かな?
そう言われると、
袖廊に出ると香の匂いが増し、景色も霞んでいた。
甘い空気を吸い込むたび、体が浮き上がるよう。
──うわ、これ大丈夫かな。
──なんの音?
礫と紗綾を追って祭壇のそばまで出る。
パイプオルガンが
神聖でありながら
──歌っているの?
主旋律は鈴の
演奏用の椅子に着くのは水色の振袖姿。
──迦陵様!?
祭壇裏の椅子には誰も坐っていない。
──動いた! あの子は生きているの?
「ようこそ、迦陵の祝宴へ」
真理亜の声のほうを見る。執行部の四人が祭壇の周りに立っていた。
内陣への段をのぼるほど甘い匂いが強まる。四人の隷者はそれぞれの主人に手を取られて祭壇を取り囲んだ。
「迦陵様は犠牲を求める恐ろしい神。けれども、身を捧げる者に
真理亜の声は催眠へ導くよう。
「進んで身を捧げましょう。
陶然とした響きに四人の主人はマントの頸紐をほどく。灯たち四人も倣っていた。八枚のマントが肌を流れ、祭壇の
差異はあっても
──ああ、この肉の中に沈むんだ。
朦朧のなか、違和を覚える。前にはなかった膨らみが祭壇にあった。裸身の魅惑が心を惹きつけ集中できない。わずかに残る理性は危機を疼かせている。
真理亜に肩を触れられると焦点が結ばれた。
──ああ、嘘だ。
灰島美桜の生首が虚ろな瞳を向けていた。
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