異性に身体を求められたら断れない世界

かめのこたろう

異性に身体を求められたら断れない世界


「す、すいません、大丈夫ですか?」


「はぁっ、はぁっ、い、いいけど。次の駅までに済ませてください……」



 後ろから遠慮がちに小声でかけた僕の言葉に答える、息切れ交じりの可憐な声。


 今日は運が良かった。

 さほど待つことなく、自分の番が来た。


 未だ直前までの痕跡を溢れんばかりにいたるところで残してる彼女の身体。

 電車のつり革に縋りつくように体重を預けている様子からも、体力的にしんどそうなのは十分に伝わってくる。


 でもこれも少し前までに比べたらずいぶんマシにはなったんだ。

 彼女の経験がまだまだ浅かっただろう時には数人受け入れただけで限界を迎えて動けなくなるようなことも。


 朝の通学時、学校の休み時間、帰宅の道行。

 そのすべての時間で異性に体を求められたらすべて受け入れなくてはならないのだから。

 一応同時にするのは一対一という基本的原則はあるけれど。

 慣れないうちに次から次にスゴイ人数を経験したら否応なく耐性もついて慣れていくのは当然といえば当然なのだろう。

 そうやって適応して成長しないととてもじゃないけどこの社会でやっていけない。


 僕たちは異性にセックスを求められたら絶対に断っちゃいけない。

 病気やケガ、時間的都合などのやむを得ない理由がないかぎり、拒否するのは完全に違法で処罰対象なのである。

 男も女も、誰であろうと他人から求められたらその場で受け入れる。


 単純で厳格かつ盤石な絶対的ルール。


 いつからどうしてこうなったのかなんて、今やどうでもいいことだった。

 問題は実際にそうなってそれなりに上手いこと機能しているように見えるってことだけだった。


 当初は懸念がすさまじかったらしいけど。

 魅力のある特定個人の負荷が大きくなって受け止められなくなるのは間違いないとか。

 基本ルールなんて守られることなく収集のつかない混乱状態になるのは必至だとか。


 始まった当初こそその懸念通りの状況が見られたのは事実だったらしい。

 当然のように巻き起こる美男美女とされる人間に殺到する群衆と騒乱。

 激しい行為と怒声。

 いたるところで展開される非人道的としか言いようがない事象の数々。


 でもそれも半年がたつ頃にはもう落ち着いていったとのこと。

 なんせやろうと思えばいつでもだれとでも出来るのだから。

 その程度の欲求のために、酷く時間をかけたり労力を使ったり、何かを失うようなことをするのは無駄だと。

 そう気づいて実感が湧けばもうそれまでのことだった。


 もちろん一部の有名人、タレントやアイドルなどは順番待ちの予約整理などの対応が必要にはなったけど。

 それでも初期の混乱状態と比べたらまっとうすぎるほどの秩序が成立していた。

 なんせ性欲自体は男も女もすぐに解消できるのだから。

 悶々ムラムラする暇なんてないほどあっという間にすっきりしてしまうんだから。

 むしろ、神話的偶像である憧れの存在とはあえてセックスしないことがある種の美的価値観として成立し始める様相すら。


 だから皆、身近な美人や可愛い子、イケメンや渋オジなどで手軽に済ませるようになっていった。

 受け入れられるのが当たり前なのだから、みんなストレスとは無縁だった。

 セックスという行為は挨拶と変わらぬ当たり前で普通のこと。

 必然的に性にまつわる犯罪めいた事案も、その概念自体と共になくなっていく。


 もう誰しもがセックスに関する悩み事なんてほとんど持つことなどなかった。

 童貞率、処女率ともに脅威の0.001パーセント未満。

 どんなブサメンでも、ブス女だろうと必ず欲求を満たすことができる。

 もちろん少子化やら高齢化やらとも一切無縁。


 こうして振り返るにいいことずくめで何ら問題なんて見当たらないこの理想的世界。


 相変わらず一部の美男美女たちの負担が高い傾向にあるのは事実ではあるけれど。

 逆説的にはその程度の犠牲でこれだけのメリットが被れるということでもあるんだと思う。

 だからこそみんな自分が直接的にお世話になる、眉目秀麗なカレやカノジョには最大限の敬意と配慮を持たざるを得なかった。

 自然、公的組織や営利企業の要職者などをそういった人材が占めるようになっても誰も文句も出なかった。

 あるいは私的な関係の中でも一段上の人間として丁重にあつかわれ、物品や資源の融通などが優先された。


 彼ら彼女らの負担という犠牲に対しては、社会的地位の高さをもって報いられているという状況なのだった。


 それだけのことをしているという想いがみんなあったから。

 とてもお世話になっているという実感がすごかったから。

 かつてあったらしい、ルッキズムなどとは無縁の世界。

 卓越した外観、性的なものも含めた人間的魅力に対する嫉妬や差別意識、攻撃性など皆無、ただ純粋な称賛と尊敬だけ。

 例え制度的な理由であろうと、すべてを受け入れるという至高の姿に凡百の僕らが見出したもの。


 それはまごうことなき『愛』。

 個人的エゴとは全く違う、ラブじゃなくてアガペーとしか言いようがないモノ。

 世界を覆って変質をもたらす、果てしなく巨大な個人的現象。



「し、失礼しますぅっ!」



 僕は大好きな彼女の腰を後ろから掴んで宛がい、ゆっくりと入っていった。

 さらり、目の前で流れるさらさらの髪と、ふわりと漂う汗の匂い。

 一瞬だけ強張ってから、諦めたように弛緩する身体の感触。

 小さく形の整った後頭部と細い項を見ながら、自分にはうかがい知れない彼女の視線はいったい今どこを向いているのだろうかと心によぎる。


 この理想世界を実現した上位存在のすばらしさ偉大さを、そのぬくもりと柔らかさで嫌という程実感させられながら、抑えがたい衝動に従って動きを始めていった。

 そうして僕は間違いなく『愛』が存在することを確信した。


 この形と感触こそがそれに他ならなかった。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異性に身体を求められたら断れない世界 かめのこたろう @kamenokotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ