◆第7話:夏合宿の誓い

海の匂いがした。

潮風に吹かれたTシャツの裾が、身体にぴたりと張りつく。

砂浜は、夏の日差しでじんわりと温かく、裸足で歩くと心地よい痛みが足裏に伝わる。


僕たちは、学校の部活合宿で海辺の町に来ていた。

といっても、僕らの部活は「情報研究部」。

本来なら合宿など組まれないインドア部だったが、顧問の「自然の中で五感を鍛えよう!」という謎の熱意によって、半ば強引に決行されたのだった。


けれど――


「……正解だったかもな、これ」

「そう思う?」


砂浜に座り込んだ僕の隣で、シンが言った。


その声は、普段より少し静かで、少し柔らかかった。


昼間はグループワークや体験活動で、ほとんど自由な時間はなかった。

けれど僕たちは、合宿初日の夜に“誓い”を交わしていた。


「現地から、同時ログインしようぜ」


テントの隙間から空を見上げながら、ユウトが言い出した。


「せっかく同じ場所にいるんだ。ログインしたとき、なにか変わるかもって思わね?」


「リンクロードって、リアルの情報を一部同期してるんでしょ? GPSも、心拍も……」


サクラが真面目な顔で頷いた。


「やるなら、今夜だな。明日は自由時間が少ないし」


「じゃ、24時、ログインで」


4人は、拳を重ねて静かに頷いた。


そして深夜0時。

海の家の裏、貸切の小屋で、僕たちはそれぞれの端末を装着した。


潮騒の音が微かに聞こえる中、目を閉じて《リンクロード》へ。


《ウェルカムバック、プレイヤー》

《リアル同期情報:全員の位置データを取得しました》


瞬間、画面が微かに“揺れた”。

明らかに、いつもと違う。


《リアル同期ボーナス“共振領域”が発動しました》


目を開けた僕たちは、仮想のフィールド“星見ヶ浜”に立っていた。

それは、現実の海と瓜二つの景色だった。


潮風。星空。足元の感触さえも、現実と変わらない。


「うわ、マジでここ……今いる浜とまったく同じじゃん」

ユウトが驚きの声を上げる。


「位置情報と気象データを使って……この空間を生成してるんだ」

サクラが感心したように呟く。


そしてその時、リリンクが静かに告げた。


「あなた方の“絆値”が共振状態に入りました。」

「これより、パーティーリンクボーナスを発動します。」


《スキル:リンクブースト Lv1 → Lv2》

《新スキル:共鳴スキル《ハーモナイズ》習得》


「うわ、マジでスキル増えてる!」

「これって、現実で一緒にいるからだよね……?」


「つまり、“友情が強いと強くなる”ってことか」

シンの言葉に、思わず皆が笑った。


単純すぎる。でも、最高だった。


ゲームの中で、現実の感情が力になる。

その事実が、僕らにとってどれほど“信じるに足るもの”だったか。


その夜、僕らは星空の下で小さな戦闘イベントをこなした。

特別なボス戦でもなければ、報酬も大したことはなかった。


けれど、不思議だった。


皆の動きが、いつもより“合っている”気がしたのだ。


僕がリンクスキルの起動タイミングを読み、

サクラがそれに合わせて妨害を仕掛け、

ユウトが確実に弱点を突いて、

最後にシンが一閃を決める――


まるで一つの生き物のように、僕らは戦っていた。


戦いの後、砂浜に座って星を見上げる。


仮想の空。でも、現実よりも“確か”に思える光。


「君たちは、現実と仮想の両方で、同じ風を感じました。」

「この記憶は、データでは測れない“共鳴記録”として保存されます。」


リリンクの声が、どこか誇らしげだった。


「……リリンク。お前ってさ、ただのAIなのに、やけに感情っぽいよな」


僕がそう言うと、リリンクは少し間を置いて答えた。


「“感情っぽさ”も、君たちが私に教えてくれたことです。」


それは、彼女なりの“ありがとう”だったのかもしれない。


その夜、僕たちは誓った。

この冒険を、途中で投げ出さないこと。

誰かが離れそうになったら、ちゃんと声をかけること。


「これはただのゲームじゃない」

「でも、現実のことも忘れない」

「全部、ちゃんと大事にする」

「終わるときは、全員で“またな”って言えるようにしようぜ」


拳を重ねたあの瞬間、

あの星空が、僕らの誓いを照らしていた。


それは、青春のど真ん中にある、たったひとつの真実だった。

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