◆第1話:出会いは放課後の図書館で

あの春、僕は毎日のように図書館に通っていた。

受験に向けての勉強、というのは半分建前で、本当は“ここ”にいるのが一番楽だったからだ。


教室では浮いていた。

部活にも、特別な居場所はなかった。

人とつながるのが苦手だったわけじゃないけど、誰かとずっと一緒にいると、ふとしたときに息苦しくなる。だから自然と、放課後は一人で静かな場所を選ぶようになっていた。


本館の図書室は混んでいるから、僕が通っていたのは旧校舎の奥にある「別館書庫」。

古びた棚と、埃のにおい。ここだけ時間が止まっているみたいで、不思議と落ち着く。


その日も、僕はいつも通り奥の席に座り、参考書を開いた。けれど、なかなか集中できなかった。


ページをめくる手が止まり、ふと視線を上げる。

視線の先、棚の隙間――そこに、何かが“光って”いるのが見えた。


黒くて、平たい。まるで古いノートパソコンのようだった。

でも、よく見るとそれはどこにも接続されていない。電源コードも、LANケーブルもない。


それなのに――画面だけが、静かに点いていた。


「Hello, Player Candidate」


英語だった。でもその意味はすぐにわかった。

「こんにちは、プレイヤー候補者」


僕は思わず立ち上がり、棚の隙間からそれを引き出した。

キーボードの感触は驚くほど滑らかで、機械というより生き物のようなぬくもりがあった。


画面は、僕の指先を待っていた。


そして、文字が流れた。


「君の人生には、“物語”が不足しています。」

「進行を開始しますか? 【Y/N】」


馬鹿げている、と思った。

でも、なぜだろう。

心のどこかで、こういう“出会い”を、ずっと待っていた気がした。


僕はそっと、Yのキーを押した。


一瞬、画面が白く光った。


それと同時に、周囲の空気が変わった気がした。

音が遠のき、目の前に新しい何かが、静かに立ち上がる。


「ようこそ、リンクロードへ。」

「私はあなたのAIパートナー、《リリンク》です。」


聞こえた。

直接“音”が鳴ったわけじゃない。なのに、確かにその声は頭の中に届いていた。


無機質なはずの声に、どこか温度があった。


「君の感情パターンを解析しました。登録名は——」


リリンクは僕の名前を正確に呼んだ。まるで昔から知っていたかのように。

そして、続けた。


「これより、君の“物語”を開始します。」


モニターに、見慣れないロゴが浮かび上がった。


《LINKLOAD - Prototype Interface v1.12》

“Your Reality Will Be Expanded.”


その瞬間、僕の“放課後”は変わった。


日常の延長線上にあったはずの時間が、

静かに、でも確かに、“冒険”という言葉の輪郭を帯びていった。


これは、ただのゲームじゃない。

たぶん、僕にとっての“もう一つの青春”が始まったのだ。

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