第45話 大丈夫、私が払ってあげるから!
デート当日の朝を迎える。
明確な時間を決めていなかった俺たちは、適当な時間に起きる。
時計の針は朝9時を指していた。早すぎず遅すぎずの丁度良い時間だ。
これからゆっくり準備しても、一日中デートが楽しめる。
出来るだけデートの時間を取りたいので、朝食は移動時間に済ませることにして、身支度を整える。
初デートということで、手持ちで一番おしゃれだと思う服装に着替える。デート経験ゼロの俺のレパートリーなのでたかが知れているが。
黒のジャケットとジーパン。
良くも悪くも無難である。おしゃれとまでは言われないが、ダサいとは言われない絶妙なラインだろう。
事前にしっかりと買っておけば良かった、と今更になって後悔してきた。
「お待たせ~」
着替え終わった御世ちゃんが、俺の前に現れた。
チェックのフレアスカートに、グレー系のニットのジャケットと、それに合わせたグレー系のニット帽。バチバチのおしゃれファッションだ。
甘い匂いがしそうなクリーム色のショートボブと丸眼鏡の、いつもの標準装備が完璧にマッチングしている。
しっかりとデートに相応しい恰好でありながら、俺とは違い、遊び心もある。
完全敗北である。こんなおしゃれでかわいい子と、冴えない俺がデート中に釣り合うのか、今からでも不安になってきた。
「すげえ、めっちゃおしゃれだ。似合っているよ」
「本当? ありがとう。吾郎君もおしゃれで似合っているよ」
「ありがとう」
こんなごく普通のファッションでさえ、褒めてくれるなんて御世ちゃんは本当に優しいな。
家を出ようとすると、「にゃー」と、さてぃが見送りに来てくれた。
「お留守番よろしくね、さてぃ。これから私たち、デートに行ってくるね」
「にゃあ!」
言葉の意味は分かっていないはずなのに、さてぃは俺たちを快く送り出すように元気よく鳴いた。
ガチャリと鍵を閉め、いよいよデートに出発だ。
☆
「この電車に乗って、途中の駅で降りて、違う電車に乗り換えて、三駅先で降りるらしいっす」
「おー、リサーチあざっす」
電車に乗った俺たちは、通勤時間が過ぎていたこともあり、横並びに座る。
御世ちゃんの右半身が、俺の左半身にぴったりとくっついている。
俺の身体はゆらゆらと揺れている。
電車の揺れか、それとも心臓の揺れか――。
「吾郎君、眠れた、昨日?」
「それはもうぐっすり」
「えー、私楽しみであんまり眠れなかったんだけど。ずるいよ、一人だけゆっくり寝て。なんか損した気分」
「なんか、すんません。そういえば、これから行く遊園地、アトラクションたくさんあるみたいだね」
「ね、楽しみが広がるよ。いっぱい、楽しんで、思い出に残そうね!」
電車を乗り継いで一時間弱、ついに目的地に到着する。
やってきたのは小高い丘の上にある比較的新しくできた遊園地。
アトラクションの種類も多いらしく、胸は高鳴るばかりだ。
受付でアトラクション乗り放題券を買おうとするが、悲しい現実がそこに待っていた。
「高い……」
5000円超のチケットは貧乏の俺にはとてもじゃないが払えない。
質の高いエンターテインメントを享受するためには、それ相応の対価を支払わなければならない。
前日に急遽決まったとはいえ、遊園地の値段をロクに調べなかった、俺のリサーチ不足が憎い。
残酷な現実に打ちひしがれていると、心配そうに御世ちゃんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「ごめん……一日券、ここまで高いなんて思っていなくて。入場券なら買えるから、御世ちゃんがアトラクション乗る姿を見てよっかな」
アトラクション乗り放題券に対して、入場券は1500円程度で買える。
これだったら万年金欠の俺でもなんとかなる。
「ダメだよ、そんなの」
「でも……」
「大丈夫、私が払ってあげるから!」
「そんなの悪いって」
御世ちゃんは俺の言葉を無視して、受付に向かった。
「大人二枚で」と御世ちゃんの声が聞こえると、彼女がにかっとした笑みで戻ってきた。
「ほい。吾郎君の分ね」
「…………ありが……とう」
「どうしたの⁉ 吾郎君、泣いているの?」
そう。
俺の瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちる。
デートで男性側が払うのは普通だが、女性側が払うのは前代未聞だ。
一瞬で、絶交されてもおかしくはない。
でも、御世ちゃんは嫌な顔一つせず、チケットを買ってくれた。
自分対する余りの不甲斐なさと、彼女の聖母のような底抜けの優しさに触れ、泣いてしまった。
「いつか……返すから」
「そんな気にしなくていいのに。ほら、私の家、お金持ちだから。金ならじゃんじゃんあるよー」
そうやって自分で嫌味を演出して、俺の罪悪感を減らそうとしているのも知っている。
彼女、一ノ瀬御世は世界一優しい彼女だ。
確かに彼女はお金持ちだ。そこに嘘はないが、それは自分の力で稼いだお金も含まれている。
ただ、親のすねをかじっている箱入り娘ではなく、自立出来ている素晴らしい女性なのだ。
遊園地に入る前から、色々と問題が発生してしまったが、ここからは気持ちを切り替えて、せっかくのデート、目一杯楽しもう。
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