第39話 昨日のアレって夢じゃないよね?

 目が覚めると、視界に映ったのは見知らぬ天井だった。


 高級感のある木目調の天井は、ウチのボロアパートの天井とは一線を画していた。

 そうだ。俺は、昨日、一ノ瀬さんの家に泊まって、それで……。


 ようやく思い出す。昨晩起こった、衝撃的な出来事を。

 俺は、一ノ瀬さん、いや御世ちゃんと恋人関係になった、で合っているよな?

 時間も時間だし、余りにも現実離れしすぎて、普通に夢と疑ってしまう。


 というか、流石に夢か……?

 だが、その真偽はすぐに判明する。


 俺の手が、御世ちゃんの手と繋がっていた。

 それは、昨日のことが真実だということを物語る十分な物的証拠である。


 首を傾け、横を見ると……。

 目を閉じすぅすぅと寝息を立てる、可愛らしい御世ちゃんのご尊顔が……。

 可愛すぎる……!

 顔と顔の距離が近く、吐息が直で俺に伝わってくる。

 本当にこんな可愛い子が、今日から俺の彼女なのか……?

 彼女の顔を見れば見るほど、その事実が嘘みたいに感じる。

 枕元に置いてあるスマホを開き、時刻を確認する。


「うげっ、もう昼の十二時か……」


 昨日色々ありすぎて、心身ともに疲労困憊だったのか、とんでもない時間まで爆睡してしまったみたいだ。

 今日は土曜日で学校も休みなので、何ら問題ないのだが。

 それに、六日分の動画のストックもあるし、動画のことも考えなくて良い。

 しかも、昨日のことが現実ならば、今日一日この豪邸で過ごしていいらしい。

 なんて幸せな日なんだ……。


「んじゃあ、二度寝でもしようかな」

「……吾郎君?」


 欲望の二度寝を敢行しようとしたまさにその時、むくりと、布団で眠っていた御世ちゃんの身体が動いた。


「御世ちゃん、おはよう」

「うん。おはよ」


 髪がぼさぼさになっている、寝起きのラフな御世ちゃんの姿も可愛い。


 御世ちゃんは体を起こすと、俺の顔をちらちら見ながら尋ねた。


「昨日のアレって夢じゃないよね?」

「アレって、俺たちが付き合ったこと?」


 御世ちゃんは顔を真っ赤にして、こくり、と深く頷いた。その恥じらっている姿も、めちゃくちゃ可愛い。


「御世ちゃんがそういうなら、事実だよ。俺も全く同じ記憶を共有しているし」

「良かった。私、吾郎君と付き合っているんだ♪」

「実は俺も御世ちゃんと同じこと思っていて……幸せすぎて、夢なんじゃないかって思ってた」

「だよね。ねえ、吾郎君、ハグして」

「ハグ⁉」

「えっ、もしかしてハグって言葉知らない?」

「さすがに知っているよ! 知らなかったら、いくら何でも心が少年すぎるでしょ!」

「じゃあ、してよ」

「……うん」


 付き合っているから問題ないとは分かってはいるが、女子に抱きつくことになんだか抵抗を覚える。


「はやくっ!」


 御世ちゃんはバッ、と両手を広げた。

 俺の身体は自然と、彼女の身体に吸い込まれていく。

 予想以上に華奢な身体を優しく包み込む。

 彼女の程よい肉感が、俺の身体に直接伝わる。

 身体を密着させることによる幸福感はいまだかつて味わったことが無い。

 一つ懸念点があるとしたら、俺の心臓の鼓動が、彼女に伝わってしまっているのが恥ずかしい。

 でも、彼女の心臓の鼓動も同時に伝わってくる。俺と同じで彼女の心臓も早鐘を打っている。

 気持ちは同じ。一つだ、俺たちは。


「幸せだ」

「うん。幸せだね」


 俺たちが愛し合っていると、「にゃー」と気だるげな声が聞こえてきた。

 御世ちゃんの飼い猫であるさてぃが、寝室に入ってきたのだ。

 さてぃは俺を押しのけて、「御世は渡さない」と主張するように、御世ちゃんの腕に収まった。くっ、猫に嫉妬する日が来るとは、な……。

 と言っても、俺は紳士なので、すっと猫にその場所を譲る。


「さてぃと吾郎君、同時に抱きたいよ~」


 そんなわがまま放題なことを言ってきた。

 これでは、どちらが猫か分からない。


 お言葉に甘えて、さてぃと御世ちゃんを同時に抱きしめる。

 「えへへ」と恍惚な表情を浮かべる御世ちゃんと、「みゃー」と嬉しそうになくさてぃ。


 もし、御世ちゃんとこれから順調にいけば、さてぃとも長い付き合いになるからな。大切にしないと。

 って、なんてこと考えているんだ、俺は。

 昨日付き合ったばかりなのに、気が早すぎる。

 今日は記念すべき、付き合って初日。今はこの時間を大切にしないと。


「とりあえず、歯を磨いて着替えない?」

「賛成。というか、家から着替え持ってきた方がいいよね。俺制服しか持ってないよ」

「だね。早く戻ってきてね。吾郎君居ないと、寂しいから」

「俺も、御世ちゃんが居ないと寂しい」

「吾郎君……」

「御世ちゃん……」


 俺と御世ちゃんは惹かれあうように見つめあう。自然と良い雰囲気だ。


「にゃーーーー!」


 うぐっ。

 そんな良い雰囲気をかき消すように、いつも以上に大きく鳴くさてぃ。

 もしかしたら、主を取られてさてぃも嫉妬しているのだろうか?

 とりあえず、歯磨き洗顔するために、洗面所に向かう。


「一緒に歯磨き~♪ 楽しいね~♪」

「なんかオリジナルソング作っているし」


 肩を並べて、仲良く歯を磨く。

 鏡に映るのは、仲睦まじい様子の俺と御世ちゃん。

 どっからどう見ても、正真正銘のカップルである。


「じゃあ、着替えとかその他諸々、持ってくるために、一旦帰るね」

「うん。早く帰ってきてね。待っているからね」


 こうして、一旦、家に戻るために、御世ちゃん宅を後にした。


 昨日の大雨が嘘のように、雲一つない青空が広がっていた。

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