異世界でスローライフ:日本に帰るために東の大陸を目指して日雇い仕事で生活費を稼ぐ

@PR9O00

第0章 最初の出会いが、俺の人生のジャンルを変えた

第1話 あのカラス、生意気に喋りやがる


 今日は、怒り狂ったオバサンたちによる割引争奪戦で、ほぼ死にかけた。

 これが最後の時間帯だ。


「あああ、割引に間に合わなかった…値段が高すぎる!おすすめできません…」

「うっ、あっ、すいません!」


(でも、俺にはわからない)


 近所のスーパーでレジ係をやることなんて、子供の頃から夢見た職業じゃない。

 俺の辞書には「正社員になりたい!」なんてページは存在しなかったし、そんなつもりもなかった。

 でも、一つ確かなことがあるとすれば、ちょっとだけお金の世界について分かってくると、まあ別にいいかなって思えるってこと。


 少なくとも、この仕事が二つのことを与えてくれる:月給と、「別にニートってわけじゃないし」って家族に言えるちょうどいい言い訳。


 ……うん、まあまあだよね。


 少なくとも、あの中学時代の友達みたいに、やたら元気なセミナーに無理やり参加させられることもないし、今や彼は怪しいハーブMLMのドロップシッパーになってるしね。


 あーもう、俺の話なんて、面白いことなんかひとつもないよ。


 要するに:超普通な人間、節約家、ひとりが楽、顔はまあまあ……いや、父さんは昔、俺に「イケメンだ」ってラベルをくれたことがある。

 違うな、たぶんどんな親でも自分の子どもを褒めたくなるもんだし、それって結局「俺の育てた作品だぞ」って自慢したいだけなんだよ。


 ……そんなことを考えながら、今夜も仕事帰りに一つの橋の上に立っている。


 ここは本当に静かで、誰ひとり見当たらない……いや、実はそれを期待してたわけでもないんだけど。

 俺は挨拶が苦手、それが俺のパッシブスキル。


「……神様!ごめんなさい、でも一つだけ質問させてください:この広い海に飛び込んでもいいですか?」


 突然、口が勝手に大声を出した。でも、それは別におかしくない。

 なぜか最近、意味不明なことばかり考えてしまう。


 ―死=異世界転生―


 そして、もっと“派手”な人生を送ることができる、みたいな。

 「第二の人生ではなんでもあり!」っていう都合のいい設定付きでね。

 でも、どうあがいてもそれってただのフィクションだよね、笑。


「アホ、アホ、アホーー!」


は?


 夜空を見上げて、財布の中の小銭(円)を数えていたその時、

 カラスの声が聞こえた。まるで俺のことをバカにしてるみたいだった。

 いや、違う、なぜこんなに日本語が流暢?しかも、めっちゃ「アホ」って言ってくるし。

 どこからどう見ても……俺……俺は、ちゃんと働いてる人間なんだけど。


 お前、それは失礼だぞ。


「アホー」

「おい、失礼だぞ!遠くからバカにするだけじゃなくて、出てこいって!」


 そう言った瞬間、一羽のカラスが――まさに俺が立っている橋の欄干に――ふわっと飛んできて着地した。


 こいつ、めちゃくちゃ変な見た目してる。


 思わず何度か目をパチパチさせて、“普通のカラス”であるべき姿を見直してしまったけど、

 今回はちょっと違う。あいつ、なんかヘルメットみたいなのつけてる……顔に。


 いや、見たことある、このデザイン。

 ……あれだ、古代ギリシャ神話の戦士たちがかぶってた、あのタイプのヘルメットじゃないか!

 うん、間違いない。鉄か、なんか金属製のそれっぽいやつ。


 しかも、足の一本には鎖がぶら下がってるし。

「これは普通のカラスです」とは到底言えないレベル。


 俺、なんかちょっと……怖くなってきたんだけど。


「おう?つまり、私に直接出向けってことかしら?それとも、バカなことをしようとしてる人間のライブショーでも見に来いってこと?」

「……」


 ……しゃ、しゃ、しゃべった!!


 これはもう、自然と鳥肌が立つってやつだ……文字通りな。

 いや、こんな状況で驚くなって方が無理だし、

 でも、ただ喋ったってだけじゃないんだよな、

 それも驚くんだけど、

 なにより、めちゃくちゃ流暢な日本語で話してるってとこが、まじで異常なんだよ。


 しかも、声はどっちかっていうと、やたらイキってる女の子のそれ。


 あっ、そういえば何年か前にネットでバズってた動画があってさ、

 カラスが喋るってやつ、たまたま見つけてさ。

 でもあれは片言だったよ、こんなペラペラじゃなかった。


 ……これはもう、絶対に“普通”じゃねぇ。


「いや、そんなのどうでもいいの。

あなたがさっき言ったようなバカな行動――海に飛び込むだのなんだの――をやらかす前に、

その手に持ってるコンビニ袋の中身を、あたしに譲ってほしいだけ。

もったいないでしょ、海に沈んだら。

泳げないから、拾いに行けないのよ、あたし」


 さらに続けてくるこのカラスは、俺の手元をじーっと見ながらそう言った。

 まあ、言ってることは正しい。確かに俺はビニール袋をぶら下げてる。

 中にはバターパン、インスタントラーメン、スナック……

 おばのリクエストで買った夕飯セットだ。


 つまり、俺は本来もうとっくに帰宅して、それを届けてるべきだったんだよな。


「……こ、この袋のこと?」

「そうよ!カロリーがあと2分以内に補給されなければ、私は死ぬ。

さあ、早くよこしなさいよ、低脳の人間種!」

「……は?……え?」

「さもないと、人類とアストラル種族の第三次聖戦、そして大魔王族との次元飲み込み戦争の再来になるわよ——」


 そこまで言ったときには、

 こいつ、すでに袋をクイッと器用に奪っていて、

 クチバシで中身をぶちまけて、

 中の食べ物をむさぼりはじめていた。


 まさかの、パンの密封袋すら自力で開けられるとは……

 こいつ、本当にただの鳥か?


 ……というより、めっちゃ訓練されてるやつ?


「……」

 気付けば、俺はただ黙って眺めているだけ。

 あ、でもこれ、逃げ出した方が正解じゃね?って思ったんだけど、

 いや、違うな、それはない。

 俺は簡単に怯えるタイプの男じゃない……と思いたい。

 だから、しょうがなく、もうちょいだけ付き合ってやることにした。


 ……いや、まて、ちょっと待て待て待て。

 さっきあいつ、なんか言ってたよな?

 “聖戦”? “次元”? とかなんとか……


 それに気づいた瞬間、

 俺は礼儀正しく問いかけることにした。

「えっと……お食事中すいません、さっきのその……聖戦ってのと、次元って……どういう意味?」そんな感じで聞いてみたんだ。


 そしたら、あのカラス、ピタッと食べるのを止めて、

じーっと、鋭く俺を見つめてきた。


 ヘルメットの奥にあるその目が、ギラッと赤く光る。

 あれはもう、アニメで敵キャラが本気出すときのそれだった。


「……ふふーん、興味あるのね?」

なぜか妙に艶っぽく、妙に誘うような声色で、そう言い放った。


 ……おい、誰にそんなスキル教わったんだ。


「は?別に、そこまでじゃない。

ただちょっと聞いてみたくなっただけ。…ダメか?」


「まあまあ、そこまでしつこくなければ別に構わないわ。なにせ、あなたは私の命を救った恩人。

この食料がなければ、私は今頃死んでいたのだから。

感謝のしるしとして、特別に教えてあげるわ。

――要するに、私は東の大陸にかつて存在した魔王国の最強の魔導士の転生体!」


 ……言った。

 あいつ、堂々と自分を“魔導士”だって言いやがった。

 これ……もしかして、

 日本語の学習過程で覚えたテンプレ台詞か?

 って一瞬思ったけど、いやいや、

 いくら賢い鳥でも、普通こんな中二病全開の文言は口にしねぇ。


 ……な、なんなんだよこれは、本物かよ?


 気づいたら、俺はこのカラスが

 新種のオタク系鳥類なんじゃないかと疑い始めていた。


「そ、そう……いやー、今のちょっと怖かったな。

ところで、質問いいかな?すごく大事なことなんだけど」


 でも、そのあと少し間を置いて考えた結果、やっぱり気になってしまった。

 この妙なカラスの語った、異世界ストーリーの続きを。

 なんていうか、童話の続きを聞きたくなる、好奇心だけが勝った瞬間って感じ。


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