私たちの最後の選択

小林汐希

私たちの最後の選択


 私は終わりのない道の途中にいた。


 平べったい世界の果ては、幻のようにゆらゆらと揺れている。どこへ続くかも、どこで終わるかもわからない。そんな道が、彼方先まで延びる。


 後ろに伸びる自分の影だけがただ私の後ろをついてくる。


「どこまで行けばいいんだろう……」


 そんな私の独り言さえ、この見知らぬ地面と見知らぬ天上に覆われた平らな世界の風は何事もなかったかのように散らしてしまう。


 いつこの世界に迷い込んだのか、私は覚えていない。きっと私の家族だって気が付いていないだろう。


 そもそもこの場所が現実の場所とは思えないから、誰かが呼びにきて、実は夢オチでしたなんて可能性もゼロじゃない。


 でも、不思議なことに「そうじゃない」と私の直感は告げていた。


 なぜなら、最初にこの平原に立った時には、言われもない不安が大半を占めていた。けれど今は違う。最初は寒いくらいだった私の周りが少しずつ暖かくなってきたのを感じ始めてきたから……。


 きっと、いつかはたどり着くゴールがある。


 そう思って、私は歩き続けた。


 周りに目標物はないし、音は私の足音だけ。そんな中で歩いていると、これまでの時間の事を思い出す。


「そういえば、学校や仕事の無いときはいつもこんなふうにひとりだったな」


 別に付き合いが悪くて周囲が離れていったわけじゃない。学校では話をする友達も、職場では愚痴を言い合う同僚もいた。


 でも、休日はひとりでいたかったんだ。


 自宅に二階にある私の部屋から、いつも空を見上げていた。


「私に翼があったら、どこまでも飛んでいけるのに……」


 そう思っているときが、きっと私の素の姿だったのだと思う。


 幼い頃から、私の通う学校は近所の子たちが行くところとは違っていた。


 同じ学年にはいろんな子がいた。


 自分で歩くことが出来なかったり、私みたいに体を動かすことが不得意だったり、自分からお話しをするのが苦手だったり、逆に落ち着きがなくていつもソワソワしている子もいたな。


 でも、そんなみんなが集まると自然と楽しかった。先生たちは私たちにいつも「みんなで一緒にやるんだよ」と言って接してくれたっけ。


 そんな学校生活で、私は一度だけ泣いたことがある。


 同じ学年でずっと同じ教室にいた男の子。


 いつもそばにいてくれて、私がドジをしないように見守ってくれて。


 だから当時の私は、「学校に行きたくない」とは一度も言わなかったんだ。


 でも高等部の卒業を間近に控えた冬、彼は流行り病をこじらせて、私の前から飛び立ってしまった。


 その喪失感は今も私のなかにある。休日にひとりでいるのは、彼の写真と心のなかでお喋りしていたいから。


「さすがに疲れたかな……」


 何時間歩いていたのだろう。


 もともと足を大きく前に出すとバランスを崩してしまうから歩数も他の人に比べれば必然的に多くなる。足がつって動けなくなって、私は地面にうずくまった。


 でも、この時間は昔の楽しかった時代のことを思い出せたから、悔いはなかった。


「大丈夫?」


 そのとき、思いがけない声がして、私を後ろから包みこんでくれる腕があった。


「みっくん?」


 その声を忘れることはない。私をずっと支えてくれた充くんの声。


「よく、ここまで頑張ってきたね」


 声は同じだけど、姿は私と同じ程度に成長していた。


「千穂ちゃん、ここから先は君が決めていいんだ。この場に立ち止まって、またひとりで歩き出すか、僕と一緒に進んでいくか」


 その意味をしばらく考え込む。


「……もうひとりでいるのは疲れたよ。このままひとりで歩いていっても。それならみっくんと『ずっと一緒にいる』って約束を今の私は選びたい」


「……本当にそれでいいの?」


 みっくんも迷っているようだ。恐らく私の自問自答は当たっている。だから……私に最後の選択肢を与えてくれているんだ。


「うん、それで後悔しない。私たち頑張ったよね。それより、もうひとりぼっちになりたくない」


 両親やみんなに一言を言えないもどかしさはある。でも、常に誰かを頼っていなければならない私がこの先ひとりで生きていけるのか……。


 みんなが苦しむところを見たくない。


 不器用な娘でごめんなさい……。


 私は決意したように彼を見上げて頷いた。


「私のゴールはここでいい。ね、だから大丈夫」


「分かった。これからはふたりで歩いていこう」


「うん」


 頷いた瞬間、私たちのまわりは眩い光に包まれた。これまで感じたことのない温かさを感じて私は彼に抱かれて目を閉じた。




 次の瞬間、私は充くんとふたりで私の家を見おろしていることに気づいた。


 いつも時間に正確な私が起きてこないことで心配して部屋に入った両親は、私が既に動かなくなっていることを知ったんだ。


 突然のことに最初は慌てふためいていたけれど、私がベッドの上で苦しんだ様子もなく、写真を両手で抱きしめていることに気づいた両親は、そっと手を合わせてから自分たちを納得させるように何度も頷いていた。


『充くんが千穂を迎えに来てくれたんだ。それなら心配はいらない』


『よくこれまで頑張ったわね千穂。ふたりでゆっくり過ごしていなさい』


 誰にでもいつかは訪れる最後の選択。


 でも私は一番いい形でその選択が出来たと思う。


 これからは、みっくんとふたり。手をつないで歩いていくよ。

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