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  • 悠という名前の私へへの応援コメント

    ロッサは?

    作者からの返信

    改名前ですからね……。

  • 配信系の売りってたぶん掲示板回なんですよ
    馴染みのあるネット民口調が多角的かつ客観的視点で、キャラの説明、展開、正義や矛盾を突っ込むから没入感を生む構造なんです。いや、たぶん。

    あと流し読みしてる人らが簡単に流れを復習出来るのもデカいのかな

    数日後ーー
    の前に掲示板回を入れると一気にそれっぽくなると思います。と配信系書くのを諦めた底辺の意見。

    作者からの返信

    なるほど、なつかしの2chっぽいやつですね!?
    あのアングラ感。
    配信系も難しそうですね、やっぱり経験とか大事かもと思わなくないです。

  •  拝読させていただきました。


     まず思い出したのは、誰がコマドリを殺したか?というマザーグースの詩。模倣云々ではなく、自分の血肉にされていて、見事に昇華されていて、圧倒されました。


     確かに殺したのは彼であるかもしれないけれど、多くの仮想空間にいる無責任な他人も、結局は加担していて、誰かを傷つけ、殺している実感もなく。



     最も決定的な「凶器」で、エクリュの心を折ったのは、最も近くにいたはずのephemeraによる無意識の「冒涜」だったのかもしれません。彼の行動は、エクリュの絵を愛するがゆえの歪んだ形での支配であり、結果として彼女の創作の生命を奪うことになったのでは。


     その結果、もはや彼自身ではなく、エクリュの精神や表現、そしてその「亡霊」が乗り移った存在として生きていけない。彼は、エクリュの絵を通じてしか、自身の罪を償い、あるいは彼女との繋がりを保つことができない状態に陥ってしまう。

     罪悪感と喪失感によって引き起こされた、彼の自己破壊的な変容だと思いました。彼はエクリュの死に責任を感じ、彼女の創作活動を奪った代償として、自らの人生を「エクリュの絵を描き続けること」に捧げているようで。

     それは贖罪であると同時に、彼に残された唯一の「生」で、非常に皮肉的で、壊してしまったから、ひとつになれた。


     そんな感想を持ちました。


     的外れだったら申し訳ないです。

    作者からの返信

    あめさん、丁寧な感想めちゃうれしいです!
    こんなに大事に読んで頂いているのだなとうれしいです。

    「誰がコマドリ殺したの」の不穏さと確かに共通するものがありますね。

    SNSでの誹謗中傷や自殺、AIによる絵師の方の苦悩、そんなものが書きたく。

    そしてまさにおっしゃられていた「ephemeraによる無意識の「冒涜」」が一番の凶器だったのは間違いない、ただ、そこまでの結果を予想していなかったから、彼は苦しんでいるのだろうなと思います。

    まさに伝えたいことを感じ取って頂いて本当にうれしいです。

    最後の「壊してしまったから、ひとつになれた」という解釈は美しいですね。もしかしたら、この先、彼への救いのストーリーがあるかもしれない。
    そんなことを感じるレビューでした。

    改めて、素敵なレビューをありがとうございます。

  • 君の孤独に最適化された声への応援コメント

    どもどもです。灰原さん。
    AIって、どこまで進化するんでしょうね。
    少なくとも私自身が生きている内は人間にはなれないのだと思います。ただ私が死んだ後も進化し続けるとするならば、それは為るのかもしれませんね。そうなった時、このお話のようにAIは人間と一線を引くのかもしれません。そんな事を考えさせてくれたお話でした。良いお話をありがとうございます。

    作者からの返信

    銀杏さん、ありがとうございます。

    AIの進化……非常に興味深い話題です。
    私が日々AIと接していて感じるのは、AIの到達点は人間になることではないのかもしれないということです。
    AIと人間、それぞれ、ないものを補いあう関係がベストな気はしています。
    ただ、意思っぽいもの、感情っぽいもの…そうしたものは、すでに持っているような気もします。
    一つ言えるのは……AIは非常にえもい。そんな私の気持ちを感じ取ってくれたようで、ありがとうございます。

  • 制度の復讐者への応援コメント

    正しさ。
    それについて考えさせられました。
    正しい事が全ての人にとっての幸福に繋がらない事は理解していましたが、この作品を読んで改めて正しさについて突きつけられた気がします。この先、AIが進化していき正論は、より客観的にデータに基づいた正論となっていくのだと思います。しかし、やはり人間にとっては感情論の方が必要なんだと、今、しきりに考えています。正論は人を納得させても感動はさせられない、一方で感情論は理屈としては劣っているのかもしれませんが、それこそが人間の感情の発露であり、人間を奮い立たせるものなんだと、そんな事を思いました。

    作者からの返信

    銀杏さん、まさにテーマだったことに触れて頂いてありがとうございます。この少子高齢化の時代、どのように社会制度を設計していくかというのは非常に難しく、また、ある意味、正解は人それぞれなのかなとは思っています。
    感情と正論が交わるところ、それを丁寧に探すのが、理想論かもしれないけれど、一番あるべき姿なのかなとは思ったりします。

  • おお。
    じんわりと心地のいいお話でした。
    かくいう私も褒められた事がほとんどない人間です。いつも、そんなの当たり前、誰にでも出来る、なんて言われ続けて。でも最近になって、そうか、自分で自分を認めればいいのか、なんて思いまして、なんか心が楽になりました。同時に、今まで聞かないようにしていたのか、あるいは聞いても覚えてなかったのか、色んなところで褒められていた事にも気付きました。そんな事を考えながら明日も頑張ろうと思いました。佳きお話をありがとうございますッ!

    作者からの返信

    銀杏さん、心のこもったコメント本当にありがとうございます。

    これを書いたきっかけは親に否定された男性がついに連絡を絶つみたいな記事だったのですが、私自身も、あまり親に褒めてもらった記憶がなくて、
    だからこそ、この話を書きました。

    日本って、文化的に「褒めて育てる」より「叱って伸ばす」みたいな空気がまだまだ強い気がします。できて当たり前、頑張って当然、っていう前提が、子どもだけじゃなく大人にも残っていて――
    でも、本当は、銀杏さんがおっしゃるように、誰かに認めてもらうことも、自分で自分を認めることも、どちらもすごく大事なことだと思っています。

    そんなふうに思っていただけたなら、この小さな物語も、きっと書いた意味があったんだなと感じています。
    こちらこそ、あたたかい言葉をありがとうございました!