藤崎さん、友達ってそういうのじゃないとおもいますよ。

mixnunu

第1話 脇汗


 「残念な女」といわれて、みなはどのような人間を想像するだろうか。


 俗にいう「残念女子」というと、優れた能力を持ちあわせているが、本人の性格の悪さやなんらかの嫌悪感によって、恋愛対象からは外されてしまう女子のことをさす。


 だがしかし、緊張、焦り、必死なコミュニケーションを試みるあまり、思ってもいないことを口走ってしまう人間も、中にはいる。

 特に優れているところなどなく、ただただ残念な、本当に色々残念なだけの人間も、中にはいる。


 これは、そんな残念な先輩の日常を描いた、青春とは程遠い、青春の物語である。



 本学園、典越のりこし高校の敷地内にある小さな小屋。

 一見ウサギ小屋とも見紛うその小屋には、「天文部」と綴られた画用紙が貼られている。

 月や土星の愛らしいキャラクターが、そのゆるやかな雰囲気を醸し出していた。


 小屋の内部では、活動前であろうか。


 文庫本を片手に大きなあくびをする、背の高いガッチリした体格の少年。


 そしてその隣には、140センチメートルしかない体をひょこひょこと、てっぺんアホ毛をぴょこぴょこと。

 少年に話しかけるタイミングを見計らいすぎて、自然とソーラン節の腰の動きを繰り返す、少女の姿があった。


「あっ……あぁー、──やい、炭木すみきぃ! いま、いいかっ!」

「はぁ、どうしました。藤崎ふじさきさん」


 炭木は眉をしかめた。

 この女がこういうとき、どんなことをいうか、炭木は知っているからだ。


「あのさ、別に変な意味じゃないんだけどさ……」

「はい」


「ちょっと私の脇の下の匂い、嗅いでみないか」

「変な意味しかないだろそれは」



 ━━第1話 脇汗━━



「違うんだよ。どうしても嗅いでほしい理由があんだよ」

「どんな理由でも、変には変わりないと思いますけど」


 本をパタリ閉じた炭木を確認し、藤崎はどっしりと腰を据えた。

 そして、腕を組んで、目を閉じる。


 まるで警察の取り調べだ。

 容疑者の供述を待つかのように、刻々と、時間だけが流れていく──。


「…………」

「……」


「…………回想に入っていいでしょうか」

「どうぞ」




 そう、あれは、昼休みのことでした。

 おトイレ帰りの私が教室に入ると、私の席の周辺で、「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」がたむろっていたのです。


「ぁぇ〜、今日のまっつんの体〜、ぃぃ匂ぃ〜」

「しょー? これねぇちゃんが使ってる香水なんだけどぉ、高くてぃぃやつなんよねー」


 たしかに、その香水はとてもいい匂いでした。

 しかし藤崎、ここで迂闊。

 私が匂いを吸い、鼻がピクリと動いたところを、彼女達に見られてしまったのです。


「ぉよ? 藤崎ちゃんも気になる〜?」

「ふへぇっ!? あっ……いやぁ、私は……」


 彼女ら、「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」は、分け隔てなどありません。


 ですが……そうです。

 私は、炭木が知っての通り、コミュ障陰キャ女。


 教室のすみっこでシコシコBL漫画を書いてるようなオタクが、同級生の体臭を嗅ぐなんておこがましいこと、ハードルもまたハードル。


 彼女達からの注目が肌に刺さり、私はバレないように、えずきました。


「ん〜? 嗅がなぃんー?」

「うっ……、あの……」


 「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」の称号が、目の前に大きく立ち塞がります。

 ネオン街の広告のような、パチンコの演出のような、とにかく、派手な威圧感を感じさせました。


「んん〜〜?」

「あっ、あー……」


 そして、私は──。


「──わ、私は……いい、かな」





「嗅ぎたかったんやぁっっ!!! 私はぁぁっっ!!!!!」


 突然、現実に戻ってきた藤崎が、汚い声でそう吠えた。


「匂いとかやないっ!! 同級生とぉ! イチャつきたかったんやぁぁ!!」


 承認欲求である。


「はぁ、なるほど。つまり、嗅がれる側の気持ちがわかれば、羞恥心も緩和されると。それで俺に、脇の下を押しつけてきたってことですね」

「おお、そのとおりぃっ! 察しがよくて、助かるぜ!」


 嬉々とした藤崎は、「そういうことだから」と、炭木に脇を見せつけた。

 しかし、炭木の眉毛は、またハの字になるだけで、少し身をひかれてしまう。


「あの、申し訳ない(?)んですけど。俺、こういうの無理なんすよ」

「え」


「臭いとか、本当に無理なんです。入浴剤とかでも吐き気しちゃって。しかも脇汗とか、1番ひどいやつじゃないですか」


「え? いや、だいじょぶ、だいじょぶ。噛むブレスケアみたいな爽やかさだから」

「口臭で例えられたら尚更っすよ」


「え、えぇー……」


 顔をこわばらせ、彼女はまた、腕を組んだ。


 まじめな空気を纏いだす。

 空気感だけは、醸しだす。


 そしてその空気を、自らの手で一刀両断とするべく、前屈みで持ちかけた。


「──いまから、お前にラッキースケベをおこして、私の股間をお前の鼻になすりつければ……あるいは……」

「それできるなら、体臭、嗅いでこいよ」



 ………………

 …………



「まぁ、そこまでいうなら、別にいいですけど。ゲロ吐いても許してくださいよ」

「お、おぉ……。ごめんなさいね。はい……」


 いやいやながらも、地面に膝をつけた炭木は、藤崎の脇に顔をやった。

 腕を垂直に上げ、脇の下をさらけだす。


 しかし、こんな状況を作り出した本人はというと、なぜか頬を火照らせ硬直している。


「あの、どうしました?」

「や! だいじょぶ!! バッチこいってのもんよっっ!!!」


 そう、この女。

 ここまでしておいて、男子に柔肌を見せ、あまつさえ顔面を近づけられるということを、まったく意識していなかったのである。


 いざ、「やります」なんていわれると、想像以上に高くそびえる、異性の壁を感じてしまっていたのだ。


 脇の下、ちゃんと処理したっけ。

 とか。


 なんでこいつは、こんなに冷静でいられんだ。

 とか。


 そんなことをいくら巡らせど、早く終わらせたい炭木の顔は近づくばかり。


 緊張が走る一瞬。(藤崎だけ)

 呼吸が浅くなり、細かな息が漏れ出てくる。(藤崎だけだけど)

 炭木の顔が近づくたび、どうにかなってしまいそうだった。


 炭木の鼻がピクリと動いた。

 よじった唇がぴゅーぴゅー鳴ってしまうが、止めるすべは、まったくない。

 頭に、血が、のぼっていく──。




「──うん。まぁ、普通に臭いですね。嗅ぎたい匂いではないです」

「…………おう」


「えーと、これで満足ですかね? てか、いつまで脇、上げてんすか」

「………………おぅ……」


「……? あの、藤崎さん?」

「…………………………ぉぅ…………」




「鼻血、出てますよ」





 ……!!(集中線)



 ………………!!!!(集中線)



 …………………………!!!!!!(バカでか集中線)






「うるせぇぇっっ!!!! 出してんだよっっっっ!!!!!」


「なんだその強がり」

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