第14話 ミカワの岐路、モトヤスの決断


 キヨス・ベースがオケハザマの戦勝に沸き立つ中、オダ・ノブナガの思考は既に次の段階へと移行していた。


 イマガワ・ヨシモトという巨星は墜ちたが、その残滓は未だ銀河の各地に燻っている。

 そして何より、オワリ星系内に取り残された、もう一つの火種があった。


 マツダイラ・モトヤス……かつてイマガワの先鋒としてオワリに侵攻し、オオダカ・ポートを占拠した若き領主。

 彼が率いるミカワ艦隊は、スルガ本隊壊滅の報をいまだ知らずにいるのか、あるいは知った上で孤立無援の状況に喘いでいるのか。


「ヒデヨシ、オオダカ・ポートのマツダイラ・モトヤスの動向は ?」


 論功行賞の喧騒が一段落した司令室で、ノブナガは静かに問いかけた。


「はっ。最新の諜報によりますと、モトヤスは既にヨシモト公戦死と我が軍の勝利を把握している模様です。

 オオダカ・ポート周辺のミカワ艦隊は…明らかに動揺しており、進退窮まっている様子がうかがえます」


 ヒデヨシの報告は、ノブナガの予測通りだった。主君を失い、敵地の真っ只中に孤立する。

 いかに有能な指揮官であろうと、その苦境は察するに余りある。

 ノブナガは、しばし戦術マップに映し出されたオオダカ・ポートの位置を見つめていた。


 マツダイラ・モトヤス。


 かつてオワリで人質として過ごした、あの物静かで聡明な少年。

 敵将として再会した彼は、確かに手強い相手だった。だが、その用兵にはどこか一本筋の通った誠実さがあった。


(あの男を、ここで無駄死にさせるのは惜しい……)


 それは、単なる感傷ではなかった。

 ノブナガの脳裏には、遥か未来の銀河の勢力図が描かれている。

 スルガという巨大勢力が崩壊した今、新たな秩序を築くためには、時に敵であった者をも利用し、あるいは味方へと引き入れる度量が必要となる。


「ヒデヨシ、お前に一つ、重要な役目を任せる」


「はっ、何なりと」


「マツダイラ・モトヤスのもとへ使者として赴け。そして、我が言葉を伝えよ」


 ノブナガの言葉に、ヒデヨシはわずかに驚きの表情を見せたが、すぐにその意図を察したように深く頷いた。


「…承知いたしました。いかなる条件を提示いたしましょうか ?」


「条件は三つだ」とノブナガは続けた。


「一つ、スルガ・コンステレーションからの完全なる離脱を宣言すること。

 二つ、占拠しているオワリ星系内の全ての拠点から即座に撤退し、全ての鹵獲物を返還すること。三つ、今後クラン・ノブナガに対し、敵対的行動を取らぬと誓うこと。

 これらを呑むならば、ミカワ星系への安全な帰還を保証する、と伝えよ」


 それは、敗軍の将に対しては破格とも言える条件だった。

 |殲滅『せんめつ》することも、捕虜とすることも可能であるにも関わらず、ノブナガはモトヤスに生きる道を与えようとしていた。


「よろしいのですか、殿。

 あの者を野に放てば、いずれ我らの脅威となりかねませぬが……」


 ヒデヨシの懸念はもっともだった。だが、ノブナガは静かに首を振った。


「モトヤスは、そのような小人物ではない。

 そして、貸しは作っておくものだ。

 いずれ、この銀河で大きな事を成すためにはな」


 数日後、ヒデヨシは少数の護衛艦と共にオオダカ・ポートへと向かった。ノブナガは、キヨス・ベースの司令室で、ヒデヨシからの断続的な報告を待ち続けた。


「……モトヤス、我が方の使節団の受け入れを許可。 現在、オオダカ・ポート司令部にて会談中です」


「……殿の条件を伝えました。

 モトヤスは…言葉もなく、ただ深く考え込んでいる様子。

 周囲のミカワ家臣たちは、主君の戦死に憤慨し、徹底抗戦を叫ぶ者もいる模様です」


 ヒデヨシからの報告は、交渉が難航していることを示唆していた。

 モトヤスにとって、主君を討った相手からの提案を受け入れることは、武士としての誇りや忠義に反する行為に思えるだろう。その葛藤は、察するに余りある。


 ノブナガは、ただ黙って報告を待ち続けた。彼には、モトヤスが最終的にどのような決断を下すか、ある程度の確信があった。

 あの男は、感情よりも理を優先する。

 そして、ミカワの民と家臣たちの未来を最も重んじるはずだ、と。


 かつて人質としてオワリで過ごした日々。

 ノブナガは、モトヤスに型破りな戦術論や、旧時代の常識にとらわれない天下国家の夢を語って聞かせたことがあった。

 あの時のモトヤスの、探るような、それでいてどこか共感するような眼差しを、ノブナガは覚えていた。

 長い時間が経過したように感じられた後、ヒデヨシからの最終報告が届いた。


「殿…… ! やりましたぞ!

 マツダイラ・モトヤス、全ての条件を受諾いたしました!『イマガワ家への義理は、もはや果たした。これよりは、ミカワの民のために生きる』と…!

 ミカワ艦隊は武装解除を開始し、オワリ星系からの撤退準備を進めております !」


 その報告を聞いた瞬間、ノブナガの口元に、ようやく安堵の表情が浮かんだ。


「…そうか。それでこそ、マツダイラ・モトヤスだ」


 ノブナガは、司令室のメインスクリーンに、オオダカ・ポート周辺のライブ映像を映し出させた。 そこには、武装を解き、整然とオワリ星系を離脱していくミカワ艦隊の姿があった。

 その旗艦オカザキのブリッジに立つモトヤスの姿は見えない。

 だが、ノブナガには、彼がどのような思いでこの撤退を決断したのか、そして今、何を考えているのかが、手に取るように分かる気がした。


(いずれ、また会うことになるだろう、モトヤス。その時は、敵としてか、あるいは……)


 ノブナガは、遠ざかっていくミカワ艦隊の最後の艦影がワープの光の中に消えるまで、静かにそれを見送っていた。


 この「オケハザマの戦い」は、単に一つの大勢力を打ち破ったというだけでなく、銀河の勢力図を塗り替え、新たな人間関係の萌芽を生み出す、大きな転換点となりつつあった。


 ノブナガの視線は、既にオワリ星系の外、広大な銀河へと向けられている。


 彼の「銀河布武」は、まだ緒に就いたばかりなのだ。


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