第5話 ここからが“本番”

 私の本来の実力について、少しだけ話しておこう。 私が扱える魔法の純粋な出力や構成力に限れば、おそらく“ダイヤ”相当の水準に達していると思う。擬態魔装メイクアップ・シェルの補助がなくても、その点は変わらない。  もちろん断言はできない。ギルドが公的に査定するわけでもないし、比較対象も限られている。


 ただ、体感として、そこらへんの魔術師よりも一段上の領域にはいる。


 問題は、体力面と実地経験だ。  このあたりは、正直なところ自信がない。  擬態魔装メイクアップ・シェルの補助機能を使っても、“ゴールド”には届いていない気がする。  戦闘に参加はできるが、持久戦には向いていない。無理は禁物だ。


 ……まあ、それで充分だ。  私は強くなるためにここに来たわけじゃない。

 甘酸っぱい恋を探すために、私はここにいるのだ。


──────────


「えっと、そういえば……」  加入後の顔合わせを終えた私は、少し遅れて思い出したように声を上げた。


「私、まだブロンズなんですけど……シルバーのパーティーに入ってしまって、大丈夫なんでしょうか?」


 ロウが笑いながら肩をすくめる。


「問題ないっすよ。四人以上の申請された固定パーティーなら、一人までランクが一段階下でもOKって規定があります。ギルド的には“育成枠”って扱いっすね」


「そう。だから、形式上は“お試し”って感じになるけど、変に気にしなくていいよ」

グリダが腕を組みながら言った。


「気になるのは、ちゃんと動けるかどうかだけど……ま、現時点で評価するようなことじゃないか」

ヨウマが目を伏せたまま、ぽつりとつぶやくように言う。


「むしろ、これからどうなるかって話っすね」

ロウが肩をすくめながら言い添えた。「ま、とりあえず無茶は禁物ってことで」


「……あの、ありがとうございます」

私は猫をかぶりつつ、少しだけ会釈した。


いい雰囲気のチームだと思う。

お互いに遠慮しすぎず、でも空気が悪くなることもない。


とりあえず、最初は“育成枠”として足を引っ張らない程度に立ち回って、

別の方面から“庇護欲”でも刺激してみよう──なんて、そんなことを考えていた。



 結果だけ言うと、初めてのクエストはうまくいった。

 ……というより、行き過ぎた。


 私としては、そんなにいい立ち回りをしたとは思っていない。

 軽く補助魔法をかけて、邪魔にならないよう立ち回っていただけだ。

 特別な活躍をした実感はなかった。


 だが、パーティーメンバーの評価は違ったようだ。


「本当にブロンズなのかい?」

 クエスト終了後、グリダが酒場の席で目を丸くして言った。


「噂以上だったな。ロウ、よく連れてきてくれた」

 ヨウマも珍しく口元をほころばせる。


 今、私たちはギルドに併設された酒場の一角で、反省会兼歓迎会を開いている。


 ロウがジョッキを片手に笑いながら言った。

「いやいや、俺は何もしてないっすよ。惚れ込んだ俺の目が正しかったってだけで」


「それで、レイちゃんは──」

 グリダが真っ直ぐこちらを見て、真剣な声で言った。

「うちのパーティーに、本格的に入ってくれるのかい? もちろん、私たちは大歓迎だよ!」


 私は一瞬だけグラスを傾けて視線を外し、それからにこりと笑って頷いた。


「はい。よろしくお願いします」


 そう、ここからが“本番”だ。



 歓迎会もいいころ合いになった頃、私は静かに行動に出た。


 ふら、とヨウマの方へ身体を傾ける。


 酔ったふりだ。もちろん、計算づくだ。


 ヨウマはすぐに反応して、私の肩を支えるように受け止めた。


「あ、すいません。あんまりお酒強くなくって……」

 上目遣いでそう言えば、彼の表情がわずかにやわらぐ。


「あんまり無理はするな」

 そしてすぐ、いつもの調子で周囲に声をかける。

「おい、グリダ。飲みすぎだ。そろそろ解散でいいだろう」


「いいじゃないの! 今日くらいは。モリーが抜けてどうしようかと思ってたところに、最高のメンバーがきたんだよ?」


 さっきから似たようなことを何度も繰り返しているグリダは、完全にできあがっていた。


「ZZZ……」

 ロウはというと、すでにグリダに絡まれて酔いつぶれ、テーブルに突っ伏して寝ている。


 ──はたから見れば、ただのドタバタな飲み会の一幕。

 だが、実際は違う。


 私はこっそり、魔力操作でグリダを軽く酩酊状態に導き、ロウにはごく自然な眠気が訪れるよう仕込んでおいたのだ。


 この酒場に、私の魔術を見破れるような高位の魔術師がいない限り、まずバレることはない。


 今、この場で起きている出来事すべて──少なくとも私の周囲は、私の“舞台”の上だ。


 ……だった、はずなのに。


「おいおい、ちょっと可愛すぎじゃないか?」


 背後から、聞き捨てならない声が飛んできた。


 酔っ払った中年の冒険者が、ふらつきながらこちらのテーブルに近づいてくる。

 見たところ、隣の席の連中だ。だらしなくゆるんだ口元と、こちらを値踏みするような視線。


「よければ俺たちとも一杯どう? そのかわいい顔、見てるだけで酒がうまくなるってもんだぜ」


 ──不快。


 この空間は、私のための舞台。そんな下品なモブに割り込まれる筋合いはない。

 私は冷静を装いつつ、どう排除するかを考え──


 その瞬間、身体がふっと浮いた。


 気づけば、私はヨウマの腕の中に抱き寄せられていた。


「……うちの仲間に、勝手に触れるな」


 低く、冷えた声だった。

 酒気も熱気もすべてを断ち切るような、鋭い一言。


 男は一瞬ひるみ、「な、なんだよ……」と口ごもった。


「帰れ。今すぐだ」


 ヨウマの視線が突き刺さる。

 男は目をそらし、ぶつぶつ言いながらテーブルに戻っていった。


 ──一瞬だった。


 でも、確かに。


 私は、守られた。


 ふわふわとした感覚のまま、心臓が跳ねる。


 きゅーんっ♡

 ……これこれ、こういうのっ♡♡♡

 待ってましたーーーっ!これなのよ、こういうのが体験したかったのー!!


 え、完璧すぎん? タイミング神なの?

 ていうか何その抱き寄せ方!? 優しいのに力強いとか反則なんですけど!?


 あの無口クール男子が、わたしのために!あのセリフで!他の男を撃退して!抱きしめて!!


 ……好き!!!!!(まだ早い)


 静かで、でも絶対的な拒絶。あの一言で空気が一変したの、マジで鳥肌モノだったんですけど!?


 もうね、演技してた“酔っちゃったふりの少女”とか、どうでもいいの。むしろ素でとろけたわ♡


 ちょっと待って、一回冷静になろうと思ったけど無理無理無理!

 なにこれ!恋愛小説超えてきてる!!!


 あああああ、もうだめ、これは本当に落ちる♡

 てか落ちた♡♡♡


 ──まずい。

 これはちょっと、本当に落ちそう。


 32歳。恋愛経験なし。

 アラサー女の、本気の婚活──ここに開幕♡

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