第5話 ここからが“本番”
私の本来の実力について、少しだけ話しておこう。 私が扱える魔法の純粋な出力や構成力に限れば、おそらく“ダイヤ”相当の水準に達していると思う。
ただ、体感として、そこらへんの魔術師よりも一段上の領域にはいる。
問題は、体力面と実地経験だ。 このあたりは、正直なところ自信がない。
……まあ、それで充分だ。 私は強くなるためにここに来たわけじゃない。
甘酸っぱい恋を探すために、私はここにいるのだ。
──────────
「えっと、そういえば……」 加入後の顔合わせを終えた私は、少し遅れて思い出したように声を上げた。
「私、まだブロンズなんですけど……シルバーのパーティーに入ってしまって、大丈夫なんでしょうか?」
ロウが笑いながら肩をすくめる。
「問題ないっすよ。四人以上の申請された固定パーティーなら、一人までランクが一段階下でもOKって規定があります。ギルド的には“育成枠”って扱いっすね」
「そう。だから、形式上は“お試し”って感じになるけど、変に気にしなくていいよ」
グリダが腕を組みながら言った。
「気になるのは、ちゃんと動けるかどうかだけど……ま、現時点で評価するようなことじゃないか」
ヨウマが目を伏せたまま、ぽつりとつぶやくように言う。
「むしろ、これからどうなるかって話っすね」
ロウが肩をすくめながら言い添えた。「ま、とりあえず無茶は禁物ってことで」
「……あの、ありがとうございます」
私は猫をかぶりつつ、少しだけ会釈した。
いい雰囲気のチームだと思う。
お互いに遠慮しすぎず、でも空気が悪くなることもない。
とりあえず、最初は“育成枠”として足を引っ張らない程度に立ち回って、
別の方面から“庇護欲”でも刺激してみよう──なんて、そんなことを考えていた。
◆
結果だけ言うと、初めてのクエストはうまくいった。
……というより、行き過ぎた。
私としては、そんなにいい立ち回りをしたとは思っていない。
軽く補助魔法をかけて、邪魔にならないよう立ち回っていただけだ。
特別な活躍をした実感はなかった。
だが、パーティーメンバーの評価は違ったようだ。
「本当にブロンズなのかい?」
クエスト終了後、グリダが酒場の席で目を丸くして言った。
「噂以上だったな。ロウ、よく連れてきてくれた」
ヨウマも珍しく口元をほころばせる。
今、私たちはギルドに併設された酒場の一角で、反省会兼歓迎会を開いている。
ロウがジョッキを片手に笑いながら言った。
「いやいや、俺は何もしてないっすよ。惚れ込んだ俺の目が正しかったってだけで」
「それで、レイちゃんは──」
グリダが真っ直ぐこちらを見て、真剣な声で言った。
「うちのパーティーに、本格的に入ってくれるのかい? もちろん、私たちは大歓迎だよ!」
私は一瞬だけグラスを傾けて視線を外し、それからにこりと笑って頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
そう、ここからが“本番”だ。
◆
歓迎会もいいころ合いになった頃、私は静かに行動に出た。
ふら、とヨウマの方へ身体を傾ける。
酔ったふりだ。もちろん、計算づくだ。
ヨウマはすぐに反応して、私の肩を支えるように受け止めた。
「あ、すいません。あんまりお酒強くなくって……」
上目遣いでそう言えば、彼の表情がわずかにやわらぐ。
「あんまり無理はするな」
そしてすぐ、いつもの調子で周囲に声をかける。
「おい、グリダ。飲みすぎだ。そろそろ解散でいいだろう」
「いいじゃないの! 今日くらいは。モリーが抜けてどうしようかと思ってたところに、最高のメンバーがきたんだよ?」
さっきから似たようなことを何度も繰り返しているグリダは、完全にできあがっていた。
「ZZZ……」
ロウはというと、すでにグリダに絡まれて酔いつぶれ、テーブルに突っ伏して寝ている。
──はたから見れば、ただのドタバタな飲み会の一幕。
だが、実際は違う。
私はこっそり、魔力操作でグリダを軽く酩酊状態に導き、ロウにはごく自然な眠気が訪れるよう仕込んでおいたのだ。
この酒場に、私の魔術を見破れるような高位の魔術師がいない限り、まずバレることはない。
今、この場で起きている出来事すべて──少なくとも私の周囲は、私の“舞台”の上だ。
……だった、はずなのに。
「おいおい、ちょっと可愛すぎじゃないか?」
背後から、聞き捨てならない声が飛んできた。
酔っ払った中年の冒険者が、ふらつきながらこちらのテーブルに近づいてくる。
見たところ、隣の席の連中だ。だらしなくゆるんだ口元と、こちらを値踏みするような視線。
「よければ俺たちとも一杯どう? そのかわいい顔、見てるだけで酒がうまくなるってもんだぜ」
──不快。
この空間は、私のための舞台。そんな下品なモブに割り込まれる筋合いはない。
私は冷静を装いつつ、どう排除するかを考え──
その瞬間、身体がふっと浮いた。
気づけば、私はヨウマの腕の中に抱き寄せられていた。
「……うちの仲間に、勝手に触れるな」
低く、冷えた声だった。
酒気も熱気もすべてを断ち切るような、鋭い一言。
男は一瞬ひるみ、「な、なんだよ……」と口ごもった。
「帰れ。今すぐだ」
ヨウマの視線が突き刺さる。
男は目をそらし、ぶつぶつ言いながらテーブルに戻っていった。
──一瞬だった。
でも、確かに。
私は、守られた。
ふわふわとした感覚のまま、心臓が跳ねる。
きゅーんっ♡
……これこれ、こういうのっ♡♡♡
待ってましたーーーっ!これなのよ、こういうのが体験したかったのー!!
え、完璧すぎん? タイミング神なの?
ていうか何その抱き寄せ方!? 優しいのに力強いとか反則なんですけど!?
あの無口クール男子が、わたしのために!あのセリフで!他の男を撃退して!抱きしめて!!
……好き!!!!!(まだ早い)
静かで、でも絶対的な拒絶。あの一言で空気が一変したの、マジで鳥肌モノだったんですけど!?
もうね、演技してた“酔っちゃったふりの少女”とか、どうでもいいの。むしろ素でとろけたわ♡
ちょっと待って、一回冷静になろうと思ったけど無理無理無理!
なにこれ!恋愛小説超えてきてる!!!
あああああ、もうだめ、これは本当に落ちる♡
てか落ちた♡♡♡
──まずい。
これはちょっと、本当に落ちそう。
32歳。恋愛経験なし。
アラサー女の、本気の婚活──ここに開幕♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます