第3話 あ、これダメなやつだ

 擬態魔装メイクアップ・シェルが完成したとき、私はそれを公表しなかった。変身魔法というジャンル自体が軽視されてきた歴史もあるし、何よりこの魔法は――私の婚活のための秘策だったから。


 代わりに、副産物だけを報告書として提出した。

 たとえば、「魔力皮膜による構造固定式外殻の応用理論」とか、「魔力による肉体構造の維持限界に関する小規模実験データ」とか。


 あくまで実用研究の一環。恋と婚活の話は、当然ながら一文字も書かなかった。


 それでも提出した論文は高評価を受け、私は少しだけ偉くなった。上司から「外部講義を担当してみないか」とか、「次は査読付きに通そう」なんて話も出たけれど……私は、もう決めていた。


「しばらく休職します。魔法の実地応用と、個人的な都合のために」


 週に一度は顔を出すという条件で、書類はすんなり通った。

 私が本当にやろうとしていることに気づいた人はいなかった。……たぶん。


 というわけで、私は今、“婚活のために変身魔法を完成させて冒険者になったアラサー”という、ちょっと変わった人生の道を歩いている。

 理想の恋と、甘酸っぱい関係を求めて。


──────────


 ギルドの掲示板前。今日も私は“理想の出会い”を探していた。


 そして、見つけた。

 朝練帰りのような爽やかさ、無駄のない体格。少し乱れた髪に、まっすぐすぎる目つき。剣士タイプ。年下枠。理想圏内。


(……よし、行くか)


 手にしたクエスト用紙を片手に、私は彼に声をかけた。


「すみません、この依頼って、もうパーティー決まってたりしますか……?」


 彼はちらりとこちらを見て、一拍置いてから口を開いた。


「魔法使い……か」


 彼は少しだけ言葉を濁し、視線を横に逸らした。


(あ、ちょっと厳しい系? でもここで引いてちゃ始まらない!)


「補助魔法と攻撃魔法、どっちもある程度使えます。足は引っぱりません!」


 食い気味にアピール。


 彼は少し考え込んだ様子でクエスト用紙を見直し、それからこちらに向き直る。


「……今回の依頼、ドレッドクロウの群れだ。跳躍と爪攻撃が厄介で、まともに受ければ一撃で落ちるやつもいる。さらに地形も崩れやすい湿地帯で、足を取られやすい。ある程度の実力がないと、途中で足が止まるぞ。いけるのか?」


「はい、大丈夫です! 補助と攻撃、どちらもある程度こなせます。足は引っぱりません!」


 その答えを聞いて、彼は少しだけ考え込み、クエスト用紙を折りたたんだ。


「……まあ、それなら助かるか」


 よし、第一関門突破。

 こうして私は、またひとつ新たなパーティに加わることになった。


 彼の名前はカイル。聞いたことがある。駆け出しというには妙に場慣れしていて、噂では“鍛錬バカ”の異名を持つらしい。

 クエストも、初心者向けとは思えないほど難易度の高い討伐依頼だった。


 道中、彼は無駄な会話をほとんどせず、ただ黙々と前を進んだ。私は、それに合わせて淡々と歩いた。魔法の説明をしても、うなずくだけで何も返ってこない。


 戦闘中も、彼はまっすぐ敵に向かっていく。

 私はその後ろから、適宜サポート魔法を重ねた。


 ……そして、クエストが終わったあと。


「お前、なかなかやるな」


 ぽつりと、彼が言った。


 その一言に、私は心の中でにやけた。


(なにそれ……え、ちょっと急に距離縮まった感じじゃない!?)


 顔に出さないように、そっと微笑みだけ浮かべながら、私は「ありがとうございます」とだけ返した。


(これは……ワンチャンあるかも?)


 ──そう思っていたのは、最初の一、二回だけだった。


 ドレッドクロウの次は盗賊退治、その次は魔力汚染地帯の調査。どれもブロンズが受けるような難易度ではなく、実力が問われる案件ばかり。

 そして当然のように、毎回カイルから誘われた。


「明日も頼む」

「レイの補助は精度が高い。進行が早くなる」


 言っていることは素直に嬉しい。けれど、その口ぶりはあくまで“戦力”としての評価でしかない。

 一緒に昼食をとっても、話題は訓練、魔物の特性、戦術、そしてまた訓練。


(……まるで研究室の同僚と話してるみたい)


 もしかしてと思って、思いきって聞いてみた。


「カイルって、恋人とか……いたこと、ありますか?」


 彼はほんの少し驚いたように眉を上げたが、すぐに首をかしげた。


「恋人? ああ……特には。必要か? 冒険に」


(……あ、これダメなやつだ)


 そう思いながらも、私はもう一歩踏み込んでみることにした。


「でも、カイルって、なんでそんなに急いで強くなろうとしてるんですか?」


 その問いに、彼は少し黙って歩きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……俺の家族、昔騙されて、大きな借金を背負ったんだ。田舎の村で、俺以外まともに働ける人間もいなくて」


「……金が要る。それに、俺は頭が良いほうじゃない。でも、そんな俺でも、誰かを守れるくらいには強くなれると思ってる」


 その言葉が、胸に刺さった。

 偽装した姿で、若作りして、可愛さと演技で恋を狙っている私にとって、それはあまりにまっすぐで、まぶしい正しさだった。


(……こんな子に、嘘の自分で近づいて、どうするのよ)

(しかも、このままじゃ落とすのに何年かかるかもわからない)


 私は、静かに彼を見つめた。


 私の中で、何かがすーっと冷めていく。


 そんなある日、カイルがぽつりと言った。


「そういえば、明日もまた依頼に行こうと思ってる。レイも来るか?」


 その言い方に、まるで気遣いや期待の色はない。ただ効率を考えた結果、という感じ。


 私は少し笑って、首を横に振った。


「ごめんなさい、明日はちょっと用事があって」


「そうか」


 それだけ言って、彼はいつも通り淡々と歩いていった。


(うん、これでいい)


 進まない関係に夢を見るより、次の出会いに期待するほうが建設的だ。


 私はギルドの出入り口を見つめながら、深くひとつ息を吐いた。


(さーて、次こそ、ワンチャンあるといいんだけどね)

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