千尋さんは決してデレない

やまがみたかし

prologue「千尋さんは決してデレない」

「宗佑,画鋲2個ちょーだい」

 脚立に載って作業している僕は,下でそれを支えてくれている丹沢宗佑に声を掛けた。


「あいよ」

 阿吽の呼吸で掲示物を貼っていく。

 宗佑は中学時代からの親友だ。




「しかしまあ,生徒会役員って,こんなこともやらなきゃねえんだな」

「まあ,ね!」

 画鋲を掲示板に押し込む。

 場所によって硬いところがあって大変なのだ。


「生徒会ってさ,なんかすごい権力もってるイメージしかなかったけどよ」

「そんなのアニメやラノベの話の中だけだよ。実態は学校の雑用係さ」

「まあ,お前がやってること見てると,そうとしか言えねえな」

「夢を壊すようで,悪かった,な!」

 脚立から飛び降りる。


「いつも手伝いありがとう,宗佑」

「いいってことよ,保どん」

 ハハハと,笑い合う。




 そこに,ものすごい勢いで近付いてくる一人の女生徒。


 ものすごい勢いって言っても,走っているわけではない。

 肩を怒らせながら,大股でこっちにやってくる。

 迫力がえげつない。


「川中っ!」

 鬼のような形相だ。

「はいっ!」

 背筋を伸ばして返事する。

「掲示が終わったんなら,すぐ生徒会室に戻って,昨日の議事録の訂正!いいわね!」

「了解であります!」


「あ,丹沢君。いつもお手伝いありがとう」

「いえいえ・・・」

 一瞬で表情を変えて微笑む彼女に,宗佑も目を丸くしている。


「分かったら,すぐ片付けして!」

「イエス!アイ・マム!」

 まあよく話す相手ごとに,顔つき変わるなあ。

 表情筋,バキバキじゃね?


 キッと一睨みすると,踵を返して,来たときと同じ勢いで彼女は去って行った。




「なあ・・・山田女史って」

「言うな,親友よ」

「なんでお前にだけ,あんな当たり強いんだ?」


 何で?

 心当たりがありすぎる。


「まあ,僕が生徒会役員になった,本当の動機を知っているからだろうねえ・・・」

「なるほど」




 彼女の名前は山田千尋。

 星城学園高等学校1年A組。

 生徒会会計。

 背中まで伸びるストレートな黒髪をおでこで二つに分けている。

 時折おでこが光って見えるのは,僕の目の錯覚のはずだ。

 トレードマークの銀縁眼鏡が,優等生感を出している。

 まあ実際,優等生なんだけど。

 生徒会会計より,風紀委員長の方が似合ってそうな雰囲気。

 体型は・・・考えただけで殺されそうなのでやめておこう。




 僕の名前は川中保。

 同じく星城学園高等学校1年C組。

 生徒会書記である。

 何の変哲もない男子高校生。

 アニメやラノベなら,『平凡な高校生』って言いながら,隠れた才能をもってたりするんだろうけど,ホントにただの男子高校生だ。

 ちなみに両親は二人とも市役所勤めの公務員。

 1つ下の妹がいるが『にぃに』とは呼んでくれない。




「まあ,あれだな。山田女史ってギャルゲーに出てくる,ツンデレヒロインみたいだよな」

「でもなあ・・・」

 その先の言葉はお互い分かっている。


「「千尋さんは決してデレない」」


 僕と宗佑は顔を見合わせて大笑いした。

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