空隙ユーティライザー

大星雲進次郎

空隙ユーティライザー

「先輩、嘘みたいなホントの話、して良いですか?」

「え?ああ、昼飯の時にでもな」

 

 確かにそうだわ。仕事中。どうでもいい話をしている時じゃない。

 先輩はなんか怖い顔しながらパソコンに向かってるし、私だって今余所へ社内封筒持って行くところだったんだから。

 

 日頃の習慣で先輩を見るとナチュラルに話し掛けてしまう。良くないとは分かってるんだけどね。

 ……良くないのか?


  

 でも先輩、私が話しかけたら少し表情が和らいだの、見たよ。


  

「忙しいところごめんなさい。またあとで」

「え?ああ、ゴメンな。ちょっとややこしくて」

「うん」

 あとでエナドリでも持って行ってあげよう。スーパーなやつを。


  

「で?嘘みたいなホントの話って何よ」

 おいおい、主任ちゃんよ。恋人同士の会話のネタだぜ?今言わせるのかい?

「嫌ですよ、せっかく先輩のために考えたのに」

「あんたその時点ですでにねつ造じゃん。嘘みたいでホントに嘘な話だよ」

 確かに。


 

「あるところに、牛と豚がいました」

「いきなりきたな」

 

「その2匹は種族を超えてとても愛し合っていました。ちなみに両方オスです」

 

「ある日、もう我慢できなくなった2匹は、深夜に近くの林でこっそり逢おうという事になりました」

 

「しかし悲しいかな所詮動物の浅知恵。牧場主にはすぐにバレてしまいます。……お喋り鳥による密告という噂もあるんですが、証拠がないんですよね」

 

「そして2匹は捕まり、ミンチにされました」

 

「コレがホントの牛と豚の合い挽きミンチ!」


 


 クッコロだ!

 こんな熟成度合いの足りない話をフロアで披露してしまった!主任ちゃんもヤッテシマッタキカナキャヨカッタって顔してる!

 課長、私の机の右上の引き出しに辞表が入っています……!

 

「……生きているうちは許されない恋だったけど、死んで二人はひとつになった。良い話ね」

 主任ちゃん!?それは、主任以上に伝授されるという、自らの命を賭けた事態の収拾術!

 使った者は高確率で死ぬ……!社会的に。

 

「ごめんなさい。私、主任ちゃんに無理させた?」

「少しね」

 主任ちゃんは懐から封筒を出す。

 主任ちゃんもクッコロなのね……安心して、あなた一人を死なせはしない!

「お前ら、辞表なんて出さんでいいからさ、仕事しような?頼むよ」

「「はーい」」


 そしてお昼休み。 

「お前さ、いくら何でも合い挽きで逢い引きはないわ」

「え~。渾身の作だったんですよ~」

 たまには外に食べに行かずにお弁当だ。

 先輩は会社で頼む仕出し弁当だけど、私は自作。

 少し多めに作って、先輩にお裾分けするつもりだ。

 

 私はお弁当のハンバーグをお箸で切って先輩にあ~んしてあげる。

 照れながらも食べてくれる先輩と、主任ちゃんが箸を握り折る音。

 ロックだわ。


  

 メインおかずはハンバーグ。

 そう、昨日これを作りながら思いついたんだ、お話を。当然逢い引きと合い挽きが違うことぐらいは分かっている。

「ま、少し冷静になれたから、あんな話でも聞こえてきて結果的には良かったんだが。……美味いな、このハンバーグ」

「フフフ。全てはあなたのために、ですよ」

 私もね、先輩のためにいるんだから。

「俺、100パービーフ派だったんだけど、ミックスもいいな」

 いきなり浮気かい!


  

 穏やかな空気だ。

 殺気立っていた午前が終わり、消灯されてやや暗いオフィス。ご飯にお昼寝、小声でお喋り。

 私は好きだ。 


 

「それでね、ほんとは先輩から気付いて言って欲しかったんですよ?」

「……何が?」

 さっきまで眠たげだった先輩が覚醒する。

 その、また俺やっちまった?という表情、私好きです。

 

「分かりませんか?」

 まあ、普通は分からないと思うけど。

 そこを気付いて欲しかった。

 

「ああ!髪型か!」

 え~適当に言わないでくれます?

「昨日までは後ろ跳ねてたもんな。寝癖かなって思ってたんだけど、そっかぁ一種のアレンジだったか。跳ねてない方が可愛いと思うぞ」

「あはは……気付いてました?ちょっとお転婆風だったんですけどぉ。でも違います」

 こやつ、意外と見てる!

 

「服装?あ、分かったぞ!今日の服、ローテーションで言えば明後日の番じゃん。確かに、なんか違和感はあった」

 ローテーション!?

 そうなの?思わず主任ちゃんを見る。

 主任ちゃんはコクリと頷くと……なんか踊り始めたぞ?ヘビー……ろー……てー……しょ……ん?

 可愛いやないか。

 

 そっか。無意識だったけど確かに曜日で服を決めていたかもしれない。 

「髪も、服も気付いてくれてありがとう!でも言いたいのはそれとは違って……」

 う~ん、分からないかなあ?



「今日は隙間が多いの」

「……なに?」

「今日は行間が多めなの。一拍が二拍、半拍が一拍なの。分かりませんか?感じませんか?」

 

 意識して一拍置く。

 それだけでこんなに世界の様子も変わって、心も穏やか。 


 それなのに。

「話の内容が穏やかじゃないからな……全く効果出てない、んじゃないか?」

 おっかしいな~。

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空隙ユーティライザー 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G

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