『平成ことのは綴り』 ~呪いは、いつも日常の顔をしていた~

沖 霞

第1話《宛名なき呼び鈴》

再配達の依頼が入っていた。

最終の時間帯、もう夜も遅い。


地図に表示された住所の前に立つ。

街灯もなく、玄関の明かりもついていない。


──それでも、家の中からはテレビの音が微かに聞こえていた。

ドラマの笑い声と、湯を沸かす音。

誰かが、いる。


荷物を持ち直して、呼び鈴を押す。

音が鳴った。

……でも、応答はない。


もう一度押す。

やはり、出てこない。


仕方なく、持ち戻り扱いにしてその場を離れた。


翌朝、コース担当の先輩にその話をした。

「あそこ、自分で再配かけながらいなかったんですよ」


そう言うと、先輩は少しだけ顔をしかめてこう答えた。


「……あの家、何年も前から誰も住んでないよ」


詠み札:


再配を 頼んだ名は

闇のなか いないはずの

返事を待ってた


あとがき:

これは、ある配達員の方から聞いた“本当にあった話”をもとにしています。

夜道の静けさ、生活音、そして誰も出てこない呼び鈴。

あなたが最後に「ピンポン」を押したのは、いつでしたか?

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