第37話 蒼ノ棺



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 禁断のアイテム――あおひつぎ



 それを使用すれば、人里に特例指定モンスターを引き寄せる事が可能だ。



 ある種の自爆技になるのだが、このアイテムはカーネリアンに対抗する為に使用を検討されていた。



 しかし存在を隠蔽されていたはずの蒼ノ棺は、ゲームの中盤でカーネリアンに奪われてしまう。




 終盤になる頃には、何をする訳でもなくカーネリアンは空中分解しており、以前と比べて貧弱な戦力しか残っていない。



 故にアイリは多くの仲間や知り合いを犠牲にしつつも、見事カーネリアンの壊滅を成功させた。




 だというのに、蒼ノ棺の所為で形勢逆転され、第一部の後日談では多くの市民が死に絶えた。ゲーム主人公であるアイリもまた、蒼ノ棺を壊す事に成功したものの、特例指定モンスターの急襲によって死亡する。




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 山に囲まれた小さな町。だが決して廃村めいた印象はない。



 石造りの建造物。ビルの様に高い高層のものが多く。



 第一部の後日談でしか来れない街だけあって、どこか歴史を感じさせつつ美しさもある。



 町の中だというのに、あちこちに木や花が植えられている。



 住んでいる人の数は少ないのだろうが、人通りが多い。町自体が狭いので、人が密集しているという事なのだろう。




「すげぇ……、本物かよ」



「兄妹揃って美形すぎ……」



「写真撮って怒られねぇかな?」



「いいんじゃね? 撮っている奴いるけど怒られてねぇじゃん」



「この写真、俺の家宝にするぜ……」



 ざわつく周囲の人々。ショウの力を知っている故に、馴れ馴れしく近寄る者はおらず、遠目に兄妹の歩く姿を観賞していた。




「……あの人達は一体何をしているのでしょうか」



 両親に失望している様子のシノンは、溜息交じりに言った。




「普通に生活しているだけだと思うけど? 母さんは特に天衣家の躍進を願っていた訳だし……。案外、僕が英雄扱いされて喜んでるんじゃない?」



 ゲームの設定上はそういう人だと、ショウは思い出す。



「……それは、そうでしょうね」



 シノンは嫌というほど知っている、母親の性格を。別に自分の事なんてどうでもよく、ただ天衣家を躍進させたいと願う。そういう人だ。




 もう夕暮れで、辺りは暗くなり始めている。悪そうな人に絡まれても面倒だし、寄り道せず両親の住む家に行こうといた時――。




「……あんたら、こんな所、きちゃいけないよ」



 しわがれた声の老婆は、ベンチに座って俯いていた。



「どういう意味ですか?」



 僕は老婆に尋ねる。しかし返事はなく、少ししゃがんで目を合わせようとした。だが違和感に気づく、この老婆には何の気配もない事に。




 魂を持つ者は誰もが持っている気配。微弱だろうと、絶対に感じるはずのそれはこの老婆からは感じない。



 まるで路傍の石が如く、人ではない何か。



 ゾッとして、少し体がこわばるが、別に何かされる訳でもない。



 老婆は淡々と「……あまり長居すると、戻れなくなる」と続け、立ち上がる。視線を合わせようともせず、静かにゆっくりと杖を突きながらどこかに行ってしまった。




「……追わなくていいんですか?」



 シノンもまた老婆の違和感に気づいているのだろう。少し緊張した様子だ。



「……分からない。ただ忠告は聞き入れた方が良いかもね」



 あんなキャラはゲームにも登場しなかったと、僕はその場を後にした。



 老婆に出会ってからだろうか、何処か先程までと街の雰囲気が違って見えてくる。別に何も変わらない。




 夕焼けの空、騒がしい人々。何も変わっていないはずなのに、何か怪しいというか、不安が込み上げてくる。シノンはギュッと兄の腕に抱き付き、「一日で事が済めば良いんですが……」と愚痴る。




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 草木に囲まれた邸宅。月の隠れた雲の多い夜空。ぽつりぽつりと雨が降り始め、遠くから雷鳴が聞こえる。




「……遅かったわね」



 キッチン。白髪を肩まで伸ばしている冷たそうな女――カキネが呆れた様子で珈琲をコップに注ぐ。「砂糖や牛乳は入れる?」の問いに、僕はソファに座りながら「砂糖は要らない。牛乳は半分以上入れて」と要望した。




「離れて育っても似るものね……」



 更に呆れた様子になり、カキネは溜息を吐く。僕が珈琲に牛乳をたっぷり入れるのは、前世からであり、別に血縁は関係ない。




 とはいえ、それを伝える訳にもいかない。「私達、やっぱり兄妹ですね……!」満面の笑みを浮かべるシノン。隣に座り、ギュッと手を握ってくる。




「…………」



 チラリと横目でカキネを見たが、何処か表情は暗く、無気力な様子。僕の知らない所で何か辛い生活を送っていたのだろうか。少し罪悪感が湧く。




「何か疲れている?」



 十中八九僕が原因だろうが、一応確認してみた。



「天衣家は、犯罪者を二人出したと世間で一時叩かれましたから……」



 頬を掻き、気まずそうにシノンは口を挟む。それに対しカキネは首を振り、「違うわ。寧ろ天衣家が天才の血筋だと有名になって喜んでいたくらいよ」と苦笑する。




 当然だが僕やシノンは毒親だの、世間に言いふらす真似はしていない。そこまで品の無い事はせず、ただ家を出ただけ。




「ただ、少し疲れがあるのよね……、普通に生活しているだけなのに……。この町に来た当初は抱かなかった違和感。それが日に日に強くなっている気がするのよね……」




 違和感。何かがおかしい。カキネは疲労が街に原因だと思っているらしい。



「ずっと、私は貴方達に謝らないとって思っていたの……。兄妹を引き離して」



 ローテーブルにコップを並べるカキネ。僕の正面にあるソファに座り、彼女は大きく溜息を吐いた。



「今さら、ですか?」



 憤りはない。ただ呆れた様子でシノンは言いながら、僕の腕にくっつく。妹とはいえ面の良い女と距離が近いのは気分が良い。何も文句は言わず、ただ黙って受け入れた。




「私も普段なら今さらだって、言ってもしょうがない話だって、思うはずだけど……。何故かしら、言わなきゃいけない気がして……」




 自分でも不思議に思っているのだろう。首を傾げ、頬に手と当て、悩んでいる素振り。カキネは自分でさえ、この何となく口にした謝罪に違和感を抱いている。




「…………この町の影響ですか?」



 僅かに真剣な声音。普通ではない何かを察し、シノンは訊いた。



「そうかも知れないわね……。」



 心当たりがあるのか、肯定するカキネ。



「…………」



 死ぬ間際、人は柄にもない事を言うらしい。前世、僕の母親もそうだった。病気で死ぬ前に、ずっと放置して育てた事を謝ってきた。




 そういう経験は僕に限った話じゃないだろう。



 柄にもない事を言い始めたら死亡フラグ。みたいな、物語のお約束があるくらいだ。



 世界中で何となく誰もが気づいている、死の前兆。



 特にこの世界はゲームに瓜二つで、お約束が現実になる可能性は非常に高い。カキネが口にする事は決して軽く流せる様なものではなかった。




「兄さんは心当たりがありますか?」



 不安そうな顔のシノン。だが僕は「見当も付かない……」明確な回答はできなかった。本当に何も知らない。



 何故なら、この町はゲームだと滅んでいたからだ。



 蒼ノ棺が隠された神殿。そこにカーネリアンが襲撃したとだけ説明があった。恐らくその時の被害で町が滅んでしまったのだろう。




「兄さんでも知らない事があるんですね……」



 シノンは微笑し、少し嬉しそうだった。



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 今振り返ると、この時点で僕は引き返していればと悔やんでしまう。



 この時点で引き返していればシノンは、あんな事にならなかったのだろう。



 僕はきっと自分も他人も軽視していた。それを謙虚だと自分では思っていたが、今思えば最も傲慢な価値観だった。




 異世界転生だと浮かれ、知っているキャラを助け、英雄ごっこしていただけ。自分の冒険を楽しむ事ばかり考え、妹の気持ちや幸せなんて全く考えていなかった。




 ただの作業になっていた。何とかなると勘違いしていた。真剣に相手を思いやる事をしてこなかった。



 そのツケが回ってきた。



 前世が原因でもあるのだろう。親を含め誰にも愛情を注がれず生きていた。だから僕も誰も好きにならず、生きていた。




 だから初めて経験した家族愛というものに、容易く心を打たれてしまった。こんなに妹を大切に想えたのに、何で僕はこの時引き返せなかったのか。




 もう何度も何度も悔いている。




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 寝室。シノンは僕に覆い被さっていた。



「お母さんが近くに居ると思うと、凄く興奮しますね……」



 いつもの凛とした態度とはかけ離れた様子。顔を赤らめ、少し息と服を乱し、もう我慢できないと言わんばかりに兄を押し倒したシノン。




「もう妊娠していて、性行為する意味はないとは思いますが……。別に、良いですよね……? 桜帝樹は確か一夫多妻制ですし……、問題ありませんよね……?」



 一応の確認。勿論、駄目だと言われても無理やりやるつもりだが、彼女としても合意な方が気分が良い。




 というか、拒絶されるのは耐え難い。慕う兄が、ぽっと出の女に掻っ攫われただけでも遺憾なのに、交わる事すら許されなくなるのは本当に嫌だった。




 片方を取るなら、当然血縁者である自分を選んで欲しい。



「――何で震えてるの?」



 ショウは疑問に思いながら、シノンを抱き寄せた。震える体をギュッと強く抱きしめ、少し安心させようとする。



「自分でも、よく分かりません……。何か不安が込み上げると言うか、寂しいというか。母さんと同じく、疲労が溜まっているのかも……」



 目を閉じ、少しずつ震えが止まる。自分でも単純だと思いながら、シノンは兄の温もりを感じて安堵していた。



「じゃあ、今日はセックスは止めておこう。今は休んで――」



 そうショウが言い掛けるが、「いえ、セックスはしたんですよね……」とシノンは空気を読まず食い下がる。



 これにはショウも「…………」少し呆れた様に苦笑する。



「兄さん、私を捨てないでくださいね……? 何処か遠くに行って帰って来ないとかやめてください。本当に、本当に、寂しいので……。ずっと一緒に居たいです」




 どこか真剣な声だが、柔らかい微笑でシノンは言う。



 ショウは、「この仕事が終わったら、しばらく一緒にいようか……」と提案した。




――――――――――


【★】してくれた人! 感謝!


 暑すぎて投稿頻度は下がってますが、別にエタるつもりはないです!


 最近、書籍化の話が消えたので、少し萎えてはいますが……、切りのいい所までは続けます!



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