第10話 歴史に名を刻む!
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ショウが見つかったと同時に、捜索は打ち止め。これにて一件落着。後は失踪の事情を聞き出して、適当に処理する流れだった。
そのはずが――――。
「流石にあんな出来損ないの為に、シノンの貴重な時間が費やされるなんて、看過できないわ」
街の中心に聳える高層の建物。天衣家の本邸。石造りの建物であり、何処か古臭さの中に気品がある。その最上階の一室で、カキネは深々と溜息を吐く。
「調査した所、どうやら庭で一緒に料理を作り、兄妹仲良く生活を楽しんでいるみたいだな……。良い事じゃないか。ずっと引き離してきた事に、私は反対だった。たとえテイマーとして才能がなくとも、妹の精神状態を良好にできるなら、道具としての価値はある」
黒髪に優しそうな顔立ち。高身長でスーツ越しでも筋骨隆々だと分かる彼は、天衣ヨウスケ。ショウとシノンの父親に当たる人物だ。
彼はカキネとは違い、ショウを高く評価している。才能がなくとも、努力している姿は何度も影ながら見ていた。
教育方針は子供を持つ前に、カキネが主導権を握ると約束していた為、ヨウスケは強く口出しできずにいただけで、ショウを嫌っている訳ではない。
「シノンは優れた才能を持つが、精神面は不安定だ。その欠点をショウが埋められるかも知れない」
ヨウスケは窓から景色を見ながら、普段のシノンを思い出す。あまり楽しそうな表情は見た事がない。
笑顔だったとしても、どれも楽しそうな様子とはあまり言えない。どこかつまらなそうにしている表情が、普段のシノンには多かった。
「……あの子は天衣家どころか、歴代最強のテイマーになるべき逸材なのよ。甘やかすべきじゃないのよ。シノンには力以外のカリスマ性が足りないわ。それを周囲の人間が支えてあげないと……」
カキネはソファに腰を降ろし、コーヒーに砂糖を混ぜる。表情は険しくて、どうにもシノンが自由に動く事を嫌がっているみたいだ。
恐らく彼女がシノンに抱く愛情は本物だろう。しかし愛情以上に、理想通りに育てたいという気持ちが強い。
自分の娘が大衆から賞賛を受け、偉大な人物として歴史に名を刻む事を望むあまり、シノンの幸せを無視している。
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シノンは元々兄に恋愛感情があった訳ではない。家族愛はあっても、決して恋愛感情ではなかった。
だが久しぶりに会った兄は、別人の様に変わっていた。昔以上に穏やかで、モンスターにも愛情を注ぎながら、前代未聞の知識をペラペラと語り出した。
それに加えてテイマーとして、明らかに自分より格上の才能を持ちながら、何ら威圧的な態度もない。
その異質さに、いつの間にか自然と、シノンはショウに惹かれていた。
今まで彼女は厳しく育てられ、周囲の人も礼儀正しく、他人行儀。淡々と自己研鑽に励みどこか退屈な日常を送っていた。
孤独も退屈も嫌いではないが、そればかりというのも味気ない。
だからシノンは兄と仲良く料理して、自然と楽しく喋って、フワフワと浮かれた気持ちになっていた。
初めて出会う同格以上の天才。もっと一緒に居たいと、彼女が思うのも無理はない話であり、惚れ込んですぐ手に入れようとするのも当然かも知れない。
「兄さん……。さっきまで私……、完全に理性を失って……。何だか妙に気分が良くて……、つい……」
対面座位、裸のまま小さな胸を兄に押し付けながら、シノンは小声で言い訳した。
「…………そっか」
ショウは思い出す、貪る様に杭打ちピストンをしていたシノンを。彼女の姿は確かに理性が有るとは言い難いのかもしれないと、少し気不味そうに苦笑していた。
「無暗に異性の魔力を受け入れると、女は発情してしまうと、聞いていましたが……。ここまでとは……」
ゲーム知識で説明の無かった話をサラッとシノンは口にする。正直、ショウは内心では驚いているが、知らないとおかしい知識かも知れないので、あえて反応はしなかった。
「……後悔してる?」
舌を絡めて軽くキスし、ショウは真っ直ぐシノンの目を見た。とりあえず詳しくない話を断ち切るべきと判断し、答えの分かり切った質問を投げかけた。
「いえ……、全く……。寧ろ、まだ足りないくらいです……」
顔を真っ赤にして、シノンはモジモジと腰を動かし、舌なめずりする。小柄な体躯と胸に似つかわしくない妖艶な雰囲気を漂わせていた。
優れたテイマーだけあって、体力の回復は早い。まだまだやりたりないと、シノンは続行する気満々である。
「少しお腹すいたし、食事の後、またしようか……」
もう既に5時間以上は性行為している。流石に休憩したいと、ショウは肩を竦めて苦笑した。
「はい……」
自分の性欲が人並外れていると気づき、少し顔を赤くするシノン。無理やり続けようとしたら変態だと思われてしまうと、グッと性欲を我慢した。
「料理なら私も手伝います」
この時のシノンは、これからは兄と一緒に暮らせると思っていた。
母親が邪魔するなら無視して、力尽くで黙らせるのも悪くない。妊娠して、子育てしながら、一緒に料理して、モンスターと仲良く暮らそう。
そんな計画を胸の内に抱えていた。
――――だが一週間後、彼女は再び兄と距離を置いて過ごす事になる。
当然、原因は母親だ。
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力尽くで兄妹を引き離そうとしたら対抗できる気でいたシノンは、まだ考えが幼い。何よりも母親を信頼し過ぎている。
『世界各地で数々の博士が既に反応を示しています‼ 現在、天衣シノンさんが発表した研究成果が、世界を変えようとしています‼』
シノンは兄に許可を貰った上で、母親に話してしまった。〈低級モンスターの効率的な育成法〉と〈愛情補正〉など、兄から得た知識を懇切丁寧に説明してしまったのだ。
これだけでも悪手だろう。
しかしまだ、ここまでなら、カキネも変な気は起こさなかったかも知れない。だがシノンは兄を見直して貰おうと必死になりすぎた。
自分がどれだけ大切にされているのか。兄が優しくて金や名誉に興味もなく、ただ純粋にモンスターを可愛がっている事。
母親に兄を認めて貰いたくて、余計なことまで口走ってしまったのだ。
金や名誉に興味もなく、実際、研究成果を今まで誰にも言っていない。こんな事を聞いてはカキネが悪巧みしてしまうのも無理はない。
金や名誉に興味がないなら、妹の成果にしても問題ないだろう。そう判断するのは思考の流れとして当然であり、何ら躊躇なくカキネは行動に移した。
『時代は変わります! もう〈ランク至上主義〉の時代は終わります‼ これからは低級テイマーも評価される時代が到来するでしょう‼』
ブラウン管テレビには、芸能人達がシノンについて語っている。
「…………ッ」
茫然と青ざめて、ただシノンはテレビを眺めていた。
もう手遅れだと悟っているのか、反応が薄い。
世界中で多くの人が既に熱狂し、シノンを天才だと祀り上げている。
しかも低級テイマーで差別されている兄を救う為だとか、上手く感動的に脚色されていた。その所為で、家族愛が生んだ研究成果だと評価されている。
確認するまでもなく、ショウが自分の研究成果だと言い張る気がないだろう。ここまで高く評価されている妹の評価を、叩き落とす様な真似をする様な人じゃない。
それを想定して母親が策を弄していると、握った拳を固めてシノンは悔しい気持ちが込み上げていた。
「…………ッ」
何で母親を信用してしまったのか。娘に軽蔑されようと、絶縁されようと、意にも介さない母親の強行。
これを想定できていなかったシノンは、あまりに幼稚で詰めが甘い。
『容姿端麗。品行方正。テイマーとしても類稀な才能を発揮し、研究者としても時代を変えるほどの偉業を成す……。何ですか、この比類なき天才は……』
芸能人達も、流石に引き気味で苦笑しつつ、シノンについて語っていた。
――――――――
〈あとがき〉
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