アリスティアが見た英雄の物語

桜田

アリスティア


「まあ、ルシアンお義兄様はとうとう魔王を討伐したのね!」


 その報告を聞き、私は喜びの声を上げた。


「どうやって倒したの、魔王ってどんなのだったの?」


 私はメイドのリナに聞く。

 お義兄さまの活躍を知りたい!


「リナ、詳しく教えてちょうだい! 魔王って、強い魔物がそう呼ばれるのよね」


 私は身を乗り出した。

 テーブルに置いてあるアイデア用のメモ用紙を引き寄せ、ペンを手に持つ。


「アリスティアお嬢様のおっしゃるとおりです。今回の魔王はドラゴンです。多くの魔物を従えていたようです」


 メイドのリナは、いつもニコニコと微笑みを絶やさない穏やかな女性だ。

 リナの顔にはほんの少しばかりの困惑が見える。


「私がお聞きしたのは、ルシアン様が無事に魔王を討伐された、ということだけなのです」


「ええ? それだけ?」


 私は肩を落とした。

 魔王を倒した英雄譚を聞けると思ったのに。


「はい。詳しいことは、ルシアン様がお帰りになられてから、直接お聞きになられた方がよろしいかと」


 リナはそう言った。


 その言葉に、つい笑顔になる。


「ついにお義兄さまが帰ってくるのね。4年ぶりかしら」


「はい。ですが、魔王討伐パーティーとして祭典や各国の王族との相手などありますので、お屋敷に帰ってくるのは当分先になるかと思います」


 確かに、その通りだ。

 そのときにお義兄様の口から直接、冒険の話を聞くのが一番良いだろう。

 私は、期待に胸を膨らませた。


「お義兄様の帰りが待ち遠しいわ!」


 私は、窓の外を見上げた。

 広大な庭園には、色とりどりの花が咲き乱れている。

 しかし、今の私の心は、それよりももっと鮮やかな期待と興奮で満たされていた。


「とうとう、『暁の英雄譚』の最終巻を書けるのね」


 本棚を眺める。

 そこには、これまで出版した『暁の英雄譚』が収められている。

 お義兄様と仲間たちとの冒険譚だ。


 時々届くお義兄様の活躍を元に、私は小説を書いていた。


 前世を日本で過ごしていた私に取って、お義兄様たちの旅はまさに心躍るものだった。

 その高まりを発散するのが、小説だったのだ。


 初めは自分だけで満足していたが、どうしても感想を聞きたくなりリナに読んでもらった。

 それからはあれよあれよという間に本が出版され、続編を希望され、気づけば二桁もの本を出した。


 笑顔の私に反して、リナは寂しそうな表情を浮かべる。


 リナの寂しそうな表情に、私は首を傾げた。


「どうしたの、リナ?」


 リナは少し戸惑ったように目を伏せた。


「いえ、その……お嬢様が、本を書き終えてしまわれるのが、少し寂しいなと」


「ああ……」


 私は納得した。

 リナは私以上に、お義兄様と仲間たちの冒険が好きだったのだ。


 私が執筆している間、いつも一番の読者でいてくれた。


 リナは熱っぽいため息を吐く。


「ルシアン様は、誰と結ばれるのでしょうか?」


 リナは頬を赤らめ、目を輝かせた。


「ルシアン様は、あの屈強な戦士、バルドと結ばれるのでしょうか? 共に数々の戦場を駆け抜け、互いの背中を守り合った二人……。戦いの合間に見せる、バルドの優しげな眼差しが忘れられません」


 リナは止まらない。

 別の可能性を口にする。


「それとも賢者エリオットはどうかしら? 二人が静かな書斎でお茶を飲みながら語り合う姿がとてもステキでした。互いの知識を尊重しあい、ときには難しい議論を戦わせる。でも、最後は互いに微笑みあって……」


 きゃーとリナが声を上げる。


「でも、ルシアン様と斥候のシンの組み合わせも捨てがたいです。普段は軽薄なシンが、ルシアン様に見せる真剣な表情……。普段飄々としているシンの、時折見せる寂しそうな瞳が忘れられません」


 リナの熱のこもった様子に、思わず笑みがこぼれる。


「リナったら、本当にみんなのことが好きなのね」


「はい」


 お義兄様の活躍を元にしているが、もちろんこんなファンタジー世界のため、動画なんてものはない。

 報告を受ける活躍も、町を占拠していた魔物を倒した、襲われていた商人を救った、くらい。

 そのため、私は間を埋めた。


 結果、前世の手癖のせいで、小説ではお義兄様たちの友情を濃く書いてしまい、女性に人気が出た。


「最終巻、楽しみにしていますね」


 私は、大きく伸びをした。


「任せておいて!」


 私は、再びメモ用紙とペンを手にした。

 胸に溢れる期待と興奮を、物語へと昇華させるために。

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アリスティアが見た英雄の物語 桜田 @nakanomichi

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