本の種 〜藍条森也の読書感想記〜

藍条森也

一の書 『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』

 『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子著 早川書房 ノンフィクション)


 栄えある第一回はなんと言ってもこれ。

 もう、この本を紹介したいがためにこのエッセイをはじめる気になった。

 そう言ってもいいぐらいです。


 時は二〇一一年。

 場所は宮城県石巻市。

 この時、この地を襲った東日本大震災によって、日本製紙石巻工場も甚大な被害を受けた。その被害の大きさに、

 「石巻工場はもうダメだろう……」

 社員たちでさえ、そう思った。

 しかし――。

 工場長は工場の復興を宣言。

 しかも、たった『半年』で。

 この日から、日本製紙社員たちの戦いがはじまる。

 第一の目的となるのは8号抄紙しょうし。扱いの難しさから『姫』とも呼ばれていたこの巨大マシンの再活動こそが、最優先の課題となった。

 この本のなかには日本製紙と同業他社との間の『共に日本の出版業界を守ろう!』との熱い絆。

 日本製紙の姿勢に対する出版社の信頼。

 流出した巨大な紙ロールやパルプを、あるいは手で引きちぎり、あるいはスコップで少しずつすこしずつすくっては回収していく社員たちの苦労。

 存続の危ぶまれた野球部の運命。

 地元住人とのつながり……。

 等々、思わずホロリとさせられてしまうエピソードがたくさんある。しかし、なんと言っても涙なしでは読めないのが八号抄紙しょうし復活の物語。

 この8号抄紙しょうしは一九七〇年に稼働をはじめたマシンで、各出版社の単行本用紙、文庫本用紙、コミック用紙など、様々な紙を製造してきた。

 このマシンで作る用紙は他の工場では作れないものが多かった。そのため、日本の出版業界を守るためには、なんとしてもこのマシンを復旧しなければならなかったのだ。

 8号復活のための日本製紙社員の苦労は、筆舌に尽くしがたい。

 大量に流れ込んだ瓦礫を運び出し、

 こぼれだした大量の濃黒のうこくえきと呼ばれる粘っこくて有害な液体をひしゃくで延々とくみ出しつづけ、

 ガチガチに固まったパルプを少しずつすこしずつバキュームカーで吸い出し、

 入り組んだところにまで入り込んだ汚れをスプーンでかき出し……。

 自分たちも被災し、大きな被害を受けたなかで、それだけの作業を毎日まいにち繰り返す。それがどれほどの負担だったか。

 正直言って、自分では絶対にやりたくないし、想像すらしたくない。

 しかし、日本製紙の社員たちはそれをやった。

 やり遂げた。

 「これ以上、出版社をまたせるわけには行かない」

 その思いと、誇りに懸けて。

 そして、本当に『わずか』半年で、8号は再稼働の日を迎えた。

 『姫』と呼ばれるほどに扱いが難しく、トラブルも多かった8号抄紙しょうし

 しかし、その8号はなんと、これまでにないほどスムーズな作業をやってのけたのだ。まるで、自分を蘇らせるために社員たちが必死の努力をした、その思いに応えようとするかのように。

 このくだりは本当に感涙もの。

 そして、私が『やはり、フィクションは現実の感動には敵わない』と悟り、フィクションを書く目的を『目指すべき未来を提示すること』と定めた理由。

 そしてまた『人間と機械はうまくやっていける』と、確信した瞬間でもある。

 自分たちの仕事に誇りをもち、『日本の出版業界を支える』という使命感のもと、途方もない苦労を重ね、やってのけた社員たち。

 その社員たちの思いに応え、見事な作業を見せた機械。

 この人々と機械によって、私たちは今日も紙の本を読むことができる。

 本好きならばこの本を読むのは、もはや義務。

 そう言っても過言ではない一冊。

 その人々の誇りを込めた一言、

 「八号が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」

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