【Story 4】汝、偽証することなかれ
雲が厚く立ち込め霧がかった日の朝。本を開くと、広大な墓地が現れた。墓の一つは酷く荒らされており、周囲に炎とも靄とも何とも言い難い何かが大量に漂っている。
――――
”至誠の騎士 XXXX.12.7”
そう刻まれた墓石が、墓地の通路に無造作に投げ出されていた。それが刺さっていたであろう地面は無残にも掘り返され、穴の中にある赤黒い棺が月明かりに照らされている。
穴の横には、フードを深くかぶった男が立っている。棺を見下ろしていた男は、不意に人差し指で棺を指差した。そのまま手首を軽く動かし、指先を天に向ける。指の動きに合わせて、音もなく棺の蓋が開いた。現れたのは、生気の感じられない青白い顔をした体格のいい男性。死体としては奇妙なほど艶のある肌に、男は片方の眉を釣り上げた。
「……人形? どういうことだ」
「政治的な理由、とでも申しましょうか」
気配もなく掛けられた柔らかな女性の声に、男は勢いよく振り返った。同時に男の影から炎とも靄とも、人とも獣とも言い難い何かが大量に湧き出し、声の主を取り囲んだ。一瞬にして墓地が吐き気を催す腐敗臭に包まれる。異形の何かに囲まれているにもかかわらず、ランプ片手に修道服を着た女性は平静を失わなかった。
「死霊使い、の方でしょうか? 申し訳ございませんが、この墓地には貴方様の求めるような力ある方は眠っておりません。そうですね……、東区の墓地はいかがでしょう?」
「――あ”?」
女性の口から飛び出た予想外な言葉に、男の口から低い声が漏れた。女性の周りで蠢いていた死霊たちが一斉に動きを止める。男の訝しげな視線に、女性は目を瞬かせた。
「あら、死者の魂を求めて来られたのではないのですか? 東区は城勤めの方が多く住まわれておりますので、騎士様や魔導士様など、力ある方々はそちらに眠っておられることがほとんどですよ」
修道服を着ている人間の発言とは思えない言葉を発した女性に、男は目を細めた。自然と声が低くなる。
「……アンタ、何者だ」
「この北区の教会と墓地の管理を行っております、しがないシスターです」
「シスターが死体斡旋とは、どういう了見だ?」
「『わたくしの命を見逃し、かつ墓地を荒らさないでくださいませんか?』の言い換えです。それに、神は『汝の敵を愛せ』とおっしゃいましたので」
「絶対意味違うだろうがそれ……。何考えてんだ聖職者……」
当たり前のように神の教えを体裁として使用するシスターに、思わず全身の力が抜ける。警戒するのも馬鹿らしくなってきた。思わず本音が漏れてしまった男に、シスターはふふふ、と悪戯がバレた子供のように笑った。
「聖職者であろうが所詮人間。”生きたい”と望むのは、当然のことだとは思いませんか?」
「欲深いシスターだな」
「見た目と中身が同じ人間などいないということは、魂を操る貴方様でしたらよくご存じでしょうに」
シスターの言葉に、男は鼻を鳴らした。
死霊使いの主な仕事は、死者の魂から記憶を読み取り、それを情報として売ることである。他国の兵から内部情報を、大富豪の隠し財産のありかを、そして、口封じのために消された人間の墓から真実を。死者は嘘をつかない。生者の裏の顔を暴くのは、いつだって死者の記憶だった。
反対に裏の顔を守るのが墓守も兼ねる聖職者である。――男の目の前に立つシスターは、どうやら違うようだが。
男はシスターを一瞥すると、首を動かし顎で人形を指した。
「あの騎士、”政治的理由”って言ったな。何やらかしたんだ」
「今、市井で流行りの人形劇はご存じですか?」
「よくある恋愛ものだろ。ってことはあれか? 王族に手ぇ出したか?」
男の答えに、シスターはまるで子供の成長を喜ぶかのように小さく拍手をした。不快感が湧いてこないのは、馬鹿にするような気配が微塵も感じられないからだろうか。それとも、”シスター”という見た目のせいだろうか。
「正解です。詳しく申し上げますと、姫と騎士、身分違いを乗り越え結ばれる純愛物語ですね。先日、教会でも公演されたのですが、ラストのワルツのシーンは、それはそれは美しいものでした」
男が興味なさげに相槌を打った。騎士の死亡時期と同時期の出来事を順に思い返していく。
「なるほど、数年前に病気療養で僻地に飛んだ第三王女が相手か」
「ええ、騎士様のご家族の方にも、国民にも、詳しい理由は説明できません。その結果が、第三王女様の療養とそちらの人形になります」
まるで料理でも紹介するかのような手つきで、シスターは騎士の成れの果てである人形に手のひらを向けた。国王が子供を溺愛しているというのは周知の事実だ。死体が存在することすら許されなかったのだろう。
男は憎々しげに舌打ちをした。
「妙に隠されてっからどんだけ強いのかと思えばこれかよ。で? 東区のどこに騎士やら魔導士が埋まってんだ」
「今地図をお描きいたします。が、すぐ行動されるのは控えた方がよろしいかと」
こちらへ、とランプを揺らしながら教会へと向かうシスターの後ろ姿を、男は静かに観察した。身のこなしは一般人と変わらず、裏社会の人間としては隙だらけ。にもかかわらず、気配の消し方だけは異常に上手い。そのアンバランスさは、路地裏でよく見かけるスリの孤児とよく似ていた。孤児が教会に拾われ、そのまま聖職者になるのは珍しい話ではない。このシスターもそうなのだろう。元々孤児であるというのなら、その生き汚さも納得だ。
数秒遅れて、男はシスターの背を追いかけた。
「理由は?」
「最近、騎士団が夜中の巡回を増やしている理由はご存じですか?」
「ヤクだろ。特効薬がない新型の幻覚薬」
「その元締めが、東区の神父様です」
「……は?」
男の間抜けな声が静かな墓地に響く。気づけば足は止まっていた。シスターは相変わらず穏やかな声で話し続けた。
「騎士団の方々がそれに気付き始めたようで、東区教会付近の巡回が厳しくなっておりますが故、事件が解決するまでは近寄らないことをおすすめします」
「なんでアンタがそんなこと知ってんだ」
詰るような男の声にシスターは足を止め振り返ると、穏やかな笑みを一層深くした。
「騎士団の立ち話をたまたま聞いてしまったご婦人、夜中に鳴り響く鎧の音に怯える子供たち、神父様の不自然な行動を見てしまった敬虔な信者、悲しくも薬に囚われ救い求める学生……。市井の方々が、自ら、わたくしに教えてくださいました」
シスターの言葉に、男はかすかに目を見開くと、緩やかに口角を上げた。
死者は嘘をつかない。そして、救いを求める人が相談相手に嘘をつく理由など、万に一つもありはしない。故にこの生き汚いシスターは、懺悔や告解という神聖な行為を、市井の人々全員を利用した国中を覆う情報網と曲解したのだろう。
死霊使いと聖職者など、本来は相容れるものではない。相容れないということは、こちらにないものを、相手はすべて持っているということになる。その力を使うことができれば、どれほどいいだろうか。是非とも使いたい。都合のいいことに、男の目の前で微笑んでいるシスターは、生にしがみついている。
ならば手段は一つ。
男は人差し指で素早く円を描き、一匹の死霊を呼び出した。先ほど呼び出したものとは違い、禍々しい光を放っている。男は人差し指を、不思議そうな顔をするシスターに向けた。瞬きする間もなく、禍々しい死霊が人一人飲み込まんばかりの巨大な炎となってシスターに吸収されていった。シスターが呻き声を上げながら、膝から地面に崩れ落ちる。手から滑り落ちたランプが、派手な音を立てて壊れた。
「――あぁ、なるほど。呪いですか。恐ろしい方ですね」
額に脂汗を浮かべ、荒い息を吐きながらも、シスターは余裕を崩さなかった。物分かりが良すぎるというのも考えものだ。あまりの反応の薄さに、男は大きなため息を吐いた。
「ならもっと怯えた顔でもしろ。脅し甲斐がない」
「ご期待に沿えず、申し訳ございません」
薄っぺらい謝罪の言葉を述べるシスターに、男はもう一度ため息を吐いた。そして、座り込むシスターを上から見下ろした。柔和に微笑むシスターと目が合う。
ここから先はただの茶番だ。
「いいかシスター。俺が合図すればアンタは死ぬ」
「あらまあ怖い。どうしたら助けてくださいます?」
俺の言葉に、シスターは驚いたように両手を口に当てた。仕草と言葉とは裏腹に、目だけは愉快そうに歪められていた。到底、聖職者がしていい顔ではない。まあこのシスターが聖職者らしい態度を取ったことなど、今の今まで一つもないが。
シスターの下手な演技に付き合うように、男はわざとらしく語気を強め、凄むような声を出した。
「アンタが持っている情報、これから得る情報、全てを俺に教えろ」
男の台詞に、シスターは今までで一番穏やかに笑うと、流れるように片手を差し出した。男はためらいなくその手を掴むと、座り込んでいたシスターを雑に立ち上がらせた。
「承知いたしました。わたくし、シルヴィアと申します。お名前をお聞きしても?」
「レオンだ。アンタ、本当に狂ってんな」
シスターは胸元のロザリオを握りながら、男に微笑んだ。
「死者の魂を弄ぶレオン様に、生者の情報を利用するわたくし。そこに違いなどありはしません。人は皆、罪を背負って生きるのですから」
「食えねぇ女……」
男のぼやきに、シスターは悪戯が成功した子供のようにくすりと笑った。
――――
突然、どこからかガラスが割れるかのような破壊音が響き渡った。気が付けば、荒らされた墓は元に戻っており、異形の何かも姿を消していた。
夜明けの書斎 三上クコ @mikami_kuko
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