第23話|水たまりの中の世界

雨上がりの帰り道。

咲良はひとり、歩道の端にできた水たまりをじっと見ていた。


夕焼けが映り込んだその鏡のような面には、街路樹と電線、そして彼女自身のシルエットが揺れていた。


しゃがみ込んで覗き込むと、まるで別の世界に吸い込まれそうな気がした。


「……ここにも、風景があるんだね」


すれ違う人々は、ただ水を避けて通り過ぎるだけ。

でも咲良には、その“無視されている反射”が、ひどく豊かに思えた。


翌日、咲良は春樹を誘って“水たまりの観察”に出かけた。


「また変なこと始めたね」

そう言いながらも、春樹はすぐにカメラとノートを準備していた。


ふたりは街の中を歩きながら、

水たまりに映る景色をAIグラスで記録し、同時に手書きのメモもつけていった。


「ここ、映り込みが三層になってる」

「この反射、雲と木が重なって、森みたいに見える」

「この水たまり、風が吹くと波が立って、映像が歪む……まるで呼吸してるみたい」


咲良は言った。


「水たまりって、AIには“ただの道路のへこみ”って判定されるんだよね。

でも、私には“別の世界の入り口”みたいに思えるの」


春樹が静かにうなずく。


「AIが見ているのは、反射率や深さや位置データ。

でも、“感じたもの”を言葉にできるのは、人間の役割なんだと思う」


その夜、ふたりは収集したデータを部室のディスプレイに並べた。


AIは、それぞれの水たまりが反射した空、樹木、雲の組み合わせから、

「光のゆらぎパターン」や「風景の相似性」を解析していた。


「映り込み画像データ内に、繰り返し登場する形状パターンを検出。

人の顔に似た自然構造物──“偶然の肖像”の可能性あり」


「……これ、ほら。人の横顔みたいじゃない?」


咲良が指差したのは、ある水たまりに映った木の枝と雲の重なり。


「見える人にだけ、見えるかたち。

AIには“形”だけだけど、私たちはそこに“誰かの気配”を見出してる」


春樹が記録ノートに書き加える。


「水たまりの奥にあったのは、現実の反射ではなく、

 想像という名の“向こう側”だった。」


翌朝、再び雨が降った。


咲良はふと思った。


水たまりって、空のかけらが地面に降りてきたみたいだな、と。


そしてきっと、私たちは

“空を見上げるだけじゃなくて、地面に映った空にも気づけるようになったとき”

ほんとうに世界の“奥行き”に触れられるのかもしれない──と。




✦ aftermirror:反射のその向こう

AIは、映り込んだ像を分析する。

でも、“映っているかもしれない何か”を信じるのは、人のまなざしだ。


水たまりは、小さな鏡。

そこには、空と風景と、そして心が映っている。


想像力は、反射のその先を見ようとする。

それは、見えないものを見つけようとする“静かな旅”だ。


そして、たとえ水が乾いても──

一度映った世界は、心の奥に残りつづける。


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