第18話|金のうろこを追って
「昔、この川には、“金のうろこ”の魚がいたんだって」
芽衣は、その言葉をふと耳にした。
町の資料館で開催されていた「郷土の水辺展」。
ボランティアの年配の男性が、懐かしそうに語っていた。
「夜にだけ姿を見せる、不思議な魚でね。
誰かが流れ星を見た晩は、その魚が川底で金色に光ったって……。
ほら、うちの町、星がよく見えるだろ?」
その話は、誰かに語り継ぐための“昔話”として片づけられていた。
でも、芽衣の中には、何かが静かに残った。
──金のうろこ。
──星が落ちた夜だけに現れる、流れる光のような魚。
それはまるで、空と水をつなぐ、小さな奇跡のように思えた。
「それ、探してみたいな」
部室に戻ると、芽衣はそう切り出した。
「幻の魚ってやつ?」
勇人が目を輝かせる。
「金のうろこ……実在するなら、相当珍しい個体だね」
春樹は資料の棚から生態調査記録をめくりはじめた。
葵は冷静にAIアシスタントを起動し、該当する魚種の照合を始めた。
「川の中流域・光沢のあるうろこ・夜行性──
条件に合致する在来種なし。未登録種の可能性は低。」
「……つまり、“いないはずの魚”ってことね」
葵が言った。
けれど、咲良は静かに首を振った。
「“いない”じゃなくて、“まだ記録されていない”だけかもしれない。
ねぇ、探してみようよ。本当にいるかどうか、答えは水の中にあると思う」
彼らは調査を始めた。
地域の新聞のアーカイブ、昔の自然観察ノート、市民の投稿記録。
昭和の時代に「金色に輝く魚を見た」と記された手書きの絵日記が、ひとつだけ残されていた。
そして驚いたことに、その日の夜は流星群の観測ピークと重なっていた。
「じゃあ、次の流星群の夜。
もし“金のうろこの魚”がいるなら、姿を見せてくれるかもしれない」
芽衣の声が、わずかに震えていた。
「信じてみよう」
春樹の言葉に、全員がうなずいた。
流星群の夜。
彼らは川辺に集まった。
星が降るような夜空の下、
AIドローンが水面近くを滑るように進む。
赤外線と低照度対応レンズによる水中スキャン。
AIはリアルタイムで熱源、動き、反射率を解析していく。
そして──
「……見て」
葵が指差した先に、一筋の光が流れた。
それは、金属のようにきらりと輝いたあと、ふっと消えた。
確かにそこにいたのに、まるで夢の残像のようだった。
「未確認動体検出:反射率高・移動速度緩・発光部未特定。
正体不明、記録保存。」
ドローンの記録には、“金のうろこ”らしき影が確かに残っていた。
でも、それを「何か」と断言するには、証拠が足りなかった。
「科学的には“不明”ってやつね」
葵が言った。
「でも、私には……あれは、ちゃんといたって思える」
芽衣は胸に手を当てて言った。
「見つけた、っていうより──
“会えた”っていう感じがしたの」
帰り道、咲良が言った。
「AIは、確かにすごい。
でも、“信じる理由”までは出してくれない。
それはきっと、自分で感じるものなんだよね」
春樹がうなずく。
「そして、“何かがいた”と信じることで、
この川の風景が、少しだけ違って見える」
芽衣が空を見上げた。
金色の星が、ひとつだけ落ちていくところだった。
✦ afterglint:証明できない光
記録に残らないものは、
存在しなかったことになるだろうか?
金のうろこは、カメラにかすかに残った。
でも、それよりも確かだったのは──
心の奥にふれた、小さな光だった。
AIが示せないものが、
この世界にはまだたくさんある。
そしてそれこそが、
人が“探したくなる理由”になるのだ。
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