第16話「AIに頼った代償」

春樹は、最近ずっと疲れていた。


原因ははっきりしていた。

来月に控えた探究学習のプレゼン、チームリーダーの役割、

家では体調を崩した祖父の看病。

そして、思っていた以上に重かった“期待”という名の荷物。


そんなある日、彼は思った。


「AIに……任せられないかな」


探究学習のテーマは「人と自然の共生」。

春樹たちは、地域の公園に残された生態系データをもとに、

再生プロジェクトの提案を準備していた。


本来は、現地調査や市民アンケートも重ねて提案を作るはずだった。


でも、春樹は全データの収集・分析・文章作成まで、AIに一任した。


「時間が足りないんだ。少しくらいは、効率を上げないと」


AIは期待通りに動いた。

数年分のデータを精査し、統計グラフを可視化し、提案文も洗練されていた。


“論理的で、正確で、完璧に近いレポート”


……だったはず。


提出当日、春樹は静かに緊張していた。

プレゼン資料も、ナレーションもAIが自動生成してくれていた。


でも、校内プレゼン会場での先生のひと言が、すべてを変えた。


「質問です。この提案の中で、『公園を訪れた子どもたちの声』として引用されていた部分。

これは、実際のインタビューですか? それともAIが生成した仮想対話ですか?」


春樹の息が止まる。


葵がフォローしようと口を開きかけたが、春樹は自分で答えた。


「……AIが、生成した言葉です」


会場が静かになった。


先生はゆっくりと言った。


「……AIを使うこと自体は、否定しません。

でも“現地の声”と謳った言葉が、誰にも属さないまま語られたとしたら──

それは、信頼を傷つけることになる」


その日の帰り道。

春樹は、公園のベンチに座っていた。

初夏の風が通り抜けていく。

静かな水面。誰かの笑い声。

だけど、その中に、春樹の心は混じっていなかった。


芽衣がそっと隣に座る。


「……大丈夫?」


「うん。叱られたのは当然だと思ってる。

自分で歩いて、感じて、聞くべきだったんだよね。

でも……その時間を、他のことで埋めたくて、任せちゃった」


「……それって、逃げたんじゃなくて、“信じすぎた”んじゃない?」


春樹は驚いて芽衣を見た。


芽衣は静かに続けた。


「AIって、“うまくやってくれる”って思うから、全部預けたくなるけど……

本当は、“大事なところだけは自分で持っていないといけない”んだと思う」


「……うん。

それに……“現地の声”って、音声じゃなくて、“空気”だったんだよな。

自分でそこにいないと、分からないものだった」


後日、春樹はもう一度、公園を訪れた。


今度はノートとペンだけを持って。

子どもたちの笑い声、草の匂い、

ベンチに落ちた花びらの重さ。


それらをひとつずつ、紙に写していった。




✦ aftertrust:任せることと、手放すこと

AIは、形を整えてくれる。

でも、“気配”までは整えてくれない。


任せることは悪いことじゃない。

だけど、自分のまなざしまで手放してしまったら、

言葉は、空っぽになる。


本当に伝えたいことは、

うまく整っていなくてもいい。

“自分の足で見た風景”が、

そこに息づいているかどうかだけなんだ。


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