第11話|子犬に託す願い

「ねえ、この子……どうしようか」


芽衣がそう言ったとき、子犬は震えるように彼女の腕の中で息をしていた。

雨上がりの朝、通学途中のバス停の隅。

ずぶ濡れのタオルのような茶色い塊に気づかなければ、そのままだったかもしれない。


目は大きく、まだ何も知らないような光を湛えていた。


放課後、テクノロジー部の部室には子犬用の毛布とペットボトルの湯たんぽが用意されていた。


「ご飯、ちょっと食べた。震えも止まってきた」

芽衣がほっとした表情で報告する。


勇人が子犬の頭を撫でながらつぶやいた。


「……誰か、迎えに来てくれたりしないかな。

首輪もないし、迷子って感じじゃなさそうだけど」


咲良がスマホに目を落としながら答える。


「地域の迷子動物情報に該当なし。

近隣のペット登録データとも一致しない。……捨てられた可能性が高いと思う」


部室の空気が少しだけ静まった。


「じゃあ、飼える人を探さなきゃ」


芽衣は迷いなく言った。


「ちゃんと、この子が幸せに暮らせるように、

責任もって、未来の“飼い主”を見つけたい」


翌日から、彼女たちはAIアシスタントのペットマッチング支援機能を活用して、

子犬の性格や健康状態、行動傾向などを入力し、条件に合う里親候補を検索し始めた。


「年齢層、住宅環境、過去の飼育経験、アレルギー履歴まで網羅してる。

この人、プロフィールは理想的だけど、今猫2匹飼ってるって」

葵が精査を続ける。


「この方はどうかな……? 60代で一人暮らしだけど、日中ずっと家にいて、

ペット可の平屋に住んでる。面談希望って書いてある」

咲良が提案する。


春樹が静かに言う。


「どれだけAIで最適な条件をはじき出しても、

最後に“この人なら”って思えるのは、会って感じることだよね」


数日後、芽衣と咲良は候補の一人と面談することになった。


庭付きの小さな家。穏やかな表情の女性が迎えてくれた。


「実はね、去年まで犬を飼ってたの。

老犬でね、静かに最期を迎えて。……だから、もう一度命を迎える勇気が出るか、

自分でもわからなくて。だけど、この子の写真を見たときに、不思議とね……」


庭には、前の犬が使っていた小屋がそのまま残っていた。

そこに、子犬はふらふらと歩いていき、ふわりと丸くなった。


女性が涙ぐんでつぶやいた。


「……この子が、選んでくれたのかもしれないね」


芽衣はその姿を見て、小さくうなずいた。


その夜、帰り道のバス停。

芽衣は、勇人のスマホに送った写真を見ていた。

小屋で丸くなって眠る子犬の姿。


「……少し、さびしかった。でも、安心もした。

たぶん、あの人に託してよかった」


「なあ、優しさって“引き取ること”じゃないんだな」


芽衣は空を見上げた。


「うん。“信じて託すこと”も、優しさだよね」


バスのライトが、雨に濡れた道路を照らしながら近づいていた。




✦ aftercare:未来に渡す手のひら

AIは、“最適”を探す。

でも、“正しいかどうか”を決めるのは、いつも心だ。


優しさとは、すべてを抱えることじゃない。

誰かを信じて、手を離すことも、同じくらいの勇気だ。


命は軽くない。

だからこそ、ちゃんと考え、選び、託す。


未来に向けて、そっと差し出された手のひらは、

どこまでもあたたかかった。

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