選ばれなかった、たったひとりの私が

@anemono

第1話 赤子と車列と、ひなの剣

その日、村がひとつ、倫理を棄てた。


 


広場に集まった村人たちは、

自分の赤子を抱えながら列を作り、


まるで安売りの列に並ぶかのように――

笑っていた。


 


「よっしゃ、三人で出雲行きだ!」


「赤ちゃんならまだいるぞ!」


 


巨人が、口を開けて待っていた。

地鳴りのような咀嚼音が響くたび、

子供の泣き声が、小さくかき消されていく。


 


──おかしい。

絶対に、おかしい。


 


ひなは、唇を噛んだ。


そして、叫ぶ。


 


「皆さんッ! 正気に戻ってください!」


「それは出雲の兵士です! みんなを殺した化け物なんですよッ!」


 


だが――誰も、振り向かなかった。


 


妹を、差し出された。

母は、泣き笑いで言った。


 


「これしかないのよ、ひな……」


 


そこに現れたのは、出雲の制服を着た男。


かつての幼馴染――アキだった。


 


「久しぶり、ヒナちゃん。元気だった?」


 


「……アキ、なんで……」


 


ひなは、刀を抜いた。


狂った世界を、止めなければならない。


 


誰かがやらなきゃ、きっと――誰もやらない。


 


「ダメです! これ以上、子供を……!」


 


だが、群衆は嗤った。


 


「お前のせいだよ、正義ぶって騒ぎやがって」


「成果の一つも出さずに、また余計なことを」


「じゃあ、こいつを差し出そうぜ!」


 


その言葉に、ひなは拘束された。


刀を取り上げられ、泥にまみれて、膝をつく。


 


痛み。怒り。絶望。


 


それでも――彼女は、立ち上がった。


 


「私は……誰かのために、戦いたいんですッ!」


 


その声は、まだか細かったが、

たしかに、この狂った世界に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る