幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る

雷覇

第1話:最弱職の料理人

「腕ある料理人は、皿で語るべきだ」


それが、レオンの信条だった。


料理とは、理屈ではなく“味”で心を動かすもの。力や技術をひけらかすのではなく、黙々と仕事を果たす──それが、彼にとっての誇りだった。


彼は冒険者としてもその姿勢を崩していない。


“料理人”というジョブは戦闘には不向きで、最弱と蔑まれる。けれど、レオンはそれでいいと思っている。誰かの役に立てるのなら、自分はそれで充分なのだ。


「……ごめん、少し騒がしくなっちゃったね」


洞窟の中で倒れたゴブリンを見下ろしながら、レオンはそっと汗をぬぐった。手には、調理に使う小型のナイフが握られている。その切っ先は鮮やかに、かつ穏やかに、獣の急所だけを正確に貫いていた。


「本当に……容赦ないというか、手際が良すぎるというか……」


ノエルが肩をすくめる。彼女の表情には驚きと、ほんのわずかな敬意が混ざっていた。


「……素材を傷めないように、解体するのが得意なんだ。料理人だからね」


レオンはそう言って、笑みとも言えない柔らかな口元をわずかに動かした。


「でも、たとえ魔物でも……相手が苦しまないように終わらせるようにはしてる。……僕は、痛みをよく知ってるから」


かつてレオンには、大好きな家族がいた。

だが、ある日──魔物が故郷を襲いすべてを奪っていった。


「……切り方は悪くない。処理が速いだけの男だと思ってたけどね」


「魔物を恨んでるのか?」


レイナが静かに問う。


「……分からない。ただ、あの日守れなかったぶん、今は誰かを守る側に立ちたくて。だから僕は戦ってるんだ」


倒れたゴブリンの身体が光に包まれ、銅貨となって転がった。


「……やっぱり下級の素材だったね。でも、無駄にはしない」


その言葉を聞きつけた聖騎士・ロイドが、皮肉を込めて笑う。


「ずいぶんご立派な口ぶりだが、やってることはゴブリン解体だ。なあ、最弱職の料理人さん?」


「ロイド、そこまで言わなくても……」


フローラが口を挟もうとするが、ロイドは続ける。


「とはいえ、素材の処理と料理のスキルは使える。お前が役立たずであれば、とっくに追い出してるさ」


その直後、氷のような声が響いた。


「そうですね。料理の腕だけは確かね。

その醜い顔さえ見なければ、食欲も削がれずに済むのに――本当に、残念ですわ」


聖女・ティアナの瞳は氷のように冷たく、レオンに突き刺さった。

レオンの顔には、かつての火災によって深い傷が刻まれている。


喉も焼かれたため、その声は低くくぐもり、人々に忌避されるほど異様だ。

それでも彼は、静かに首を横に振り、わずかにかすれた声で答えた。


「……ごめん。気分を害したのなら、謝るよ」


「レオン、そんなこと言わなくていい……あなたは、悪くなんかないから」


フローラがそっと彼の肩に手を置き、そばに立つ。その声は優しく、それでも微かに震えていた。


「ふふっ……ほんと、ぴったりね。傷物同士お似合いのカップルってところかしら」


ティアナの嘲りに、レオンは一度だけ、顔を上げ、まっすぐに彼女を見た。

その瞳には怒りも、憎しみもなかった。ただ――静かな決意があった。


「それでも僕たちは、人を思う心だけは失っていないよ」


「……あの火災さえなければ、フローラは誰よりも美しかった」


レオンは心からそう思っていた。


「だから僕は、あの日を繰り返さないために強くなる。

 たとえ最弱の料理人職だろうと、誰かの命を支える力を──手に入れるために」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る