第30話 誤算


 その頃のヴァーユ達は怪物の意識をこちらに向けながら具体的な作戦を考えていた。しかし想像以上に怪物の腕力や俊敏性が高く、手を焼いていた。


「ふむ。中々に厄介な相手だな。猛進してくれるならまだ良かったが、あのフィジカルに加えて知恵もある」

「やはりタイル様の魔法に頼るしか」

「そうですねぇ。タイル様はどうですか?」

「さっきの魔法で大分力を使ってしまいました。発動できるのは後一回。それもさっきよりも威力は落ちると思います」


 と、ヴァーユは持てる手段の確認をして論理的に動きを組み立てていた。一応の段取りはできたが、あと一つ決め手に欠けるというのが正直な感想だ。そして彼の性格的に決め手に欠ける作戦を実行に移すのは少々憚られていた。


 そんな四人は頭上から声をかけられた。


「まあ、そんなことだろうと思って戻ってきて良かった」

「! これは…フィフスドル殿。どうしてこっちに?」

「戦力的に不安が残ると判断したからな。それに僕の能力はお前達のように実践的な集団にいてこそ真価を発揮することくらいは分かっている」

「確かに。それにその言い方だと策もご持参頂いたようだね」

「まあな。といっても策と呼べるような立派なモノじゃない」

「結構だ。お聞かせ願おう」

「僕の血魔術は範囲が広ければ効力は薄まる。味方が大勢いるのならトータルでのメリットは上回るが、この人数では局所的に集中させた方がより効果的」


 そこまで言うと四人ともがフィフスドルの言わんといている言葉の意図を汲み取った。そして答え合わせも兼ねてアントスが発言する。


「つまりフィフスドル殿の血魔術をタイル様に集中させることで失われた魔力を補おうと」

「そういうことだ」

「いいね…最後のピースが埋まった感覚だ。いけるぜ」


 と、ヴァーユは宣言通りフィフスドルの加勢を計算に入れ直し、手早く四人に指示を出す。


「ここから更に二手に別れよう。タイルとフィフスドル殿は共に行動して好機を待て。アントスとユエは俺と共にその好機を作るぞ」


 こくりと全員が頷く。するとユエがフィフスドルに近づき鋭く良い放つ。


「元は貴殿の連れの提案だ。そのせいでタイル様に何かあったとなれば決して許さぬぞ。ゆめ忘れるな」

「…」

「な、何だ?」


 どうせ小生意気な反論の一つでも返ってくるだろうと思っていた彼女はただジッと視線を送るだけのフィフスドルに違和感を覚えた。


「アンタは実に素直で助かるな」

「は?」

「ふふ。そうでしょうウチの妹は素直なんです。どのくらい素直かと言えば、ひねくれ方まで素直ですから」

「なるほど」

「何を二人で納得しているのです!?」

「あっはっは。何だ、あまりお喋りをしていないから不安だったけど、すっかり打ち解けていたんだな」


 ヴァーユは高らかに笑って雰囲気と主導権を元に戻す。この帝王学や人心掌握術は見習うべきだとフィフスドルは密かに思っていた。


「アンタらは是非とも当家に正式に招きたい。お喋りの続きは是非そこでお茶でも飲みながら、な」

「ああ」

「よし。行くぞアントス、ユエ。左に回り込んで注意を引き付け、隙を作る。タイルがフィフスドル殿と協力し相手を氷漬けにして拘束。そして架純殿が新たに覚えた魔法とやらで決着をつける。その為には俺達の動きが肝心だ。心してかかれよ」

「「了解」」


 二人の返事をきっかけにヴァーユ達は瓦礫の死角から飛び出した。


 まずは挨拶代わりの一撃としてヴァーユが怪物の頭を狙って矢を放つ。それは毛皮に弾かれて大したダメージになっていないのは一目瞭然。ただ仕留めるつもりで撃った攻撃ではなかったので動揺はしない。


 ヴァーユはその場に留まり、再び矢を撃って応戦をする。そして思惑通り怪物は咆哮を上げると瓦礫を蹴散らしながらヴァーユを目掛けて襲いかかってくる。


 するとそれを見計らったようにアントスとユエの二人が怪物の左側から飛び上がった。


 アントスとユエは双子としてのコンビネーションを遺憾なく発揮して怪物の顔を横から殴り付ける。二人が手にする剣も槍も固い体毛に阻まれて刃は届いていないものの、フィフスドルの血魔術の効果も相まって物理的な力は容赦なく怪物の頭を揺らす。


体幹のバランスは崩れているし、もしかしたら脳震盪も起こしているかもしれない。隙を作るという点においては十分すぎる成果だ。


「今だ!」


 ヴァーユは振り返り、タイルとフィフスドルに向かって叫ぶ。その声に自信たっぷりな返事がこだまする。


「任せろ」


 その自信満々の態度に違わず、フィフスドルは血魔術の広範囲展開を止めて力の対象をタイルに集中させた。


 先程とは比べ物にならないほどの高揚感や陶酔感がタイルを包み込む。そうして生まれた魔力を使い、彼女は十八番である氷の魔法を放つ。魔法はレーザーよろしく一直線に怪物を目指して飛んでいく。光線が通った軌道には瞬く間に霜柱が立ち、触れたものを全て凍てつかせていった。


 当然、怪物とて例外ではない。


 先程か、もしくそれ以上の拘束が叶った。これならば難なく近づくことはできるだろう。しかしそれにもやはりタイムリミットがある。氷が溶けだし、再び暴れられる前に架純の奥の手が成功することを祈るのみ。


 しかし、待てど暮らせど怪物に変化は訪れない。


 それどころか架純たちが動いている気配さえ感じ取れない。全員が固唾のみ見守っているが、やがて彼女らの身に何かあったのではという猜疑心が芽生え始めた。


 その時の事だ。


 フィフスドル達がいる場所へ無数のコウモリが集まってきた。フィフスドルには見覚えがあった。これはチカがギヴェヌーの町で見せた変身術の一種だ。次第に集まって人の形を取ったチカは慌てた様子で言った。


「ドル君! 大変!」

「どうした? 何があった!?」

「ドル君の血魔術の効果が消えちゃって、架純さんがやろうとしていた魔法が使えなくなったって…」

「なんだと!?」


 フィフスドルはギリっと思わず歯噛みをした。迂闊に血魔術を解いてしまったことを後悔する。


「もう一回、血魔術を使って!」

「そうしたいが…ダメだ」

「なんで!?」

「アレには最初に発動できる範囲がある。加護を授けた後に離れることはできるが、離れている相手に血魔術を使うことができない」

「それなら…」

「急いで架純のところに行くしかない」


 決断したが早いか、二人は浮かび上がると一目散に架純の元に飛んでいった。時間がない。こうしている間にもどんどんと怪物の拘束が弛んで来ている。しかももう一度魔法を使う余力がタイルには残っていない。


 つまりは後がない状況ということだ。


 すると前方の家の屋根にノリンがいるのが目に入った。勘働きの鋭い彼は血魔術の効果が切れた瞬間から、この事態を予見して策を練っていたのだ。ノリンは大声で叫んで二人に報せる。


「こっちじゃ! 早く来い!」

「そうは言ってもこれが限界だ」

「あ! そうだ」


 と、フィフスドルの隣を飛んでいたチカが何を思い付いたような声を出す。どうしたと尋ねるまもなく、チカはフィフスドルの腕を掴むとあろうことか彼をジャイアントスイングで振り回し始めた。


 突然の事に彼は混乱以外の反応が取れないでいた。


「ちょ、ま」


 そうして勢いをつけた後、ノリンに向かってフィフスドルを投げつける。平行感覚を失った彼はなんの抵抗もなく、一つの物体としてノリンの元に飛んでいった。


「のわぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノリンはフィフスドルをキャッチすると肩へと担ぎ上げ、チカに向かって親指を立てる。そして息つく間もなくグロッキーなフィフスドルに告げる。


「急ぐぞ。少し粗いが我慢せえ」

「え、早っ!? なにあれ、ヤバ~」


 遥か上空でチカはそんな感想を述べる。ノリンがチカチカと点滅するように一定感覚で出たり入ったりしている。一歩毎のダッシュの速度が凄まじく、踏み込みのために一旦力む時だけ姿が見えるのだ。遠巻きには一定距離でテレポートをしているようにしか思えない。


 これは「縮地」という独特の移動方法なのだが、それを異世界の出身であるチカが知る由もなかった。


 全員が全速力で動いているのだが、それでも時間は足りない。あと数分もすれば怪物を抑える氷が破壊されてしまう。苦しさを怒りに変えて咆哮する怪物の様子が、意図も容易くその未来を予見させてきていた。

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