無情

蓮村 遼

 宇宙船の中、乗組員たちは押し寄せる興奮を懸命に抑えていた。視線の集まる先にはある惑星があった。船長が口を開く。

「諸君、我々人類の歴史はひどいものだった。地球はもはや戦場となり果て、戦火を逃れ火星に移住するものも人口の半数を超えた。領土争いには歯止めはかからず、争いは続いている。逃げ遅れ、逃げる力もなくなった者が、今も無慈悲な炎に焼かれている。」

船長が窓の外を指す。

「あれだ、あれが次なる我々の希望の惑星、希望の土地だ。我々は争いを望まぬ人々の希望となるのだ。」

船員たちは目頭が熱くなるのを堪え、小さく、しかし力強く頷いた。そして各々が着陸準備を始めた。


 宇宙船はその星の水辺に無事着陸した。ハッチが開き、宇宙服に身を包んだ数人の乗組員が惑星に降り立つ。

「…大気の成分が地球と似ている。どうやら重力も近いようだ。」

船長は宇宙服のヘルメットを脱ぎ脇に抱える。他の乗組員もそれに倣った。着陸地の周囲は砂や岩ばかりだが、岩場の隙間には植物のような蔓が見えた。さらに周囲を見渡すと、極々小さくではあるが建造物らしきものが見えた。

「皆、まずは調査をしよう。くれぐれも争ってはならん。もっとも忌むべき行為を行ってはならんぞ。」

一同は船からジープ型の車を取り外し、全員が乗りこむと建造物のほうへと進んだ。




 「なんということだ。」

一同がたどり着いたそこには、おびただしい数の生命体が人間のように『街』を形成していた。その生命体は直立二足歩行をしており、人間と酷似した容姿をしていた。目や耳に該当するような器官は概ね地球人と同様の大きさ、形をしている。手足、髪も同じだ。首から下も、地球人と同じように衣服のようなもので隠れている。絹のように見える柔らかな素材のようだ。地球人とその生命体と、違うところがあるとするならば、それは顔にあった。かなり顎、口が小さい。また首も細く、全体的に華奢な印象だ。そして、誰もが表情を崩さず、まるで仮面を被ったように過ごしている。そして、人間のような、いわゆる性差の違いは外見からは感じられない。

「~…~~…」

生命体たちは向かい合い、じっと目を合わせながら何やらやり取りをしているように見える。しかし、音と言えば息遣いのような幽かなものでおよそ言語には聞こえなかったが、生命体たちはその音でうなづき合い、人間に似た顔をほんの少し動かし表情じみたものを作り意思疎通ができているように見えた。

 ある個体が乗組員の存在に気付いた。それは隣にいた個体を見やり、先ほどの個体と同様に隣の個体を見つめる。相手の個体はわずかにその小さな口元と目を動かすと街の奥へと消えた。徐々に他の個体も乗組員の存在には気づいていったが、その様子はなんとも不気味だった。どの個体も騒ぐことなく、じっと乗組員を見つめるのだ。大小さまざまな個体が乗組員たちの周りを取り囲む。そして個々に隣の個体と見つめ合い、わずかに表情を歪ませをする。二十ほどの個体がその場に集まったが、聞こえるのは衣擦れと、先ほどからの息遣いのみ。街中のように見えたその場にはそれら以外の音はなく、かなりの異質な雰囲気に、乗組員たちの心は逆撫でられていった。

「なんだこいつらは。俺たちを見てなんとも思わないのか。」

「…まさか。見慣れているなんてはずはないわよね。あまりに静かで気持ち悪いわ。」

「じっと見てきて…。何、何なの?不気味すぎる。」

乗組員から不安・恐怖の感情が漏れる。対してその個体たちからは同等の雰囲気は読み取れない。淡々と、この惑星外生命体の来訪という事実だけを伝え合っているような、機械的、規則的なやり取りが行われているようだった。生命体たちのコミュニケーションには熱や色のような特徴が見当たらなかった。



 地球の時間で十分くらいだろうか、街の奥から、街の生命体よりは着飾った個体が車のようなものを操縦して現れた。その個体は乗組員たちのそばまでゆっくりと近づき、こちらをじっと見つめ車の後ろの空間を指した。

(…乗れ、ということか?)

一同が真意を掴むべく二の足を踏んでいると乗り物のドアが開いた。着飾った個体は後ろを指さしたまま一同を見つけ続ける、一言も発さぬまま。

「…敵意はなさそうだ。あちらから歓迎してくれるなら、我々に断る理由はない。友好的な姿勢には誠意をもって応じよう。」

船長は乗り物に乗り込み、戸惑いを隠せない乗組員たちもおずおずと後に続いた。

 一人の乗組員が後方を振り返り、先ほどまでいた場所見遣った。そこには先ほどまでいた生命体の集団がまだ立っていた。そして、全員がこちらに向かって拝んでいた。両手の甲を合わせ、左右の指を絡ませる、そんな合掌をして。





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