今日くらいは我儘も

白椿

今日くらいは我儘も

特級暗殺者の一族である波崎家には四人の子がいる。長男 一吹、次男 蓮、長女 美波、次女 波瑠だ。一吹は任務時に戦死してしまったため、蓮が親代わりとなっている。そんな蓮は長女であり5歳下の妹である美波の我儘に手を焼いていた。幼少の頃から任務に連れて行く都度、やれお腹が空いたから何か食べたいだの、やれ甘い飲み物が飲みたいだの散々に我儘に振り回されて来ていた。一吹に頼まれていたこともあり、美波が散々我儘を言った時には蓮も注意した。それ以降、美波の我儘は無くなった。もちろん誕生日などにはプレゼントを当たり前に頼まれるが、それくらいの我儘は聞いてやってもいいだろう。蓮はそんな思いを抱え、暗殺任務を無事に終えて帰宅した。その後美波が風邪をひいてしまったことを初めて知ったのだが、部屋へ様子を見に行ってみれば、美波の顔色はひどいものだった。昨日大雨の中、美波は任務へ出かけたわけだが、帰宅後体も乾かさずに寝てしまったのが風邪をひいた原因だろう。蓮は呆れたようにため息をつきながら、美波の額に濡れたタオルを乗せてあげた。

『全く、濡れたまま寝るから風邪をひくんだろう...』

『だって、疲れていたんだもの。仕方ないでしょ』

昔から頑固頭な美波には注意すらも馬の耳に念仏である。蓮は美波の変わらずの頑固ぶりに呆れながらも、手際よく看病をしていく。夕食にお粥を作り食べさせれば美波の表情がふっと緩む。

『ふふ、美味し』

『口に合ったならよかった....今日はもう薬を飲んで早く寝ろ』

幼少の頃に比べればだいぶ我儘は落ち着いたのか、美波は言われた通りに薬を飲んだ。部屋を出ようとした時、美波が蓮の腕をガシッと掴んだ。

『....どうした?』

『寂しいから....一緒に寝て?』

『は?』

思わず拍子抜けした声が出る。寝れないとぐずるのは昔からだが、まさか一緒に寝ろとまた言われるとは。蓮は久しぶりに我儘な一面を見せた妹に対して複雑な心情に駆られていた。いつもなら絶対拒否するだろうが、今日くらいは我儘を聞いてやることにしよう。

『はぁ....これでいいか?』

蓮は渋々従い、美波を抱きしめて横になった。蓮は恥ずかしさを誤魔化すように言った。

『早く寝ろ。寝るまでは一緒にいてやる』

蓮が側にいるのを確認すると、美波はほっとした表情ですやすやと眠り始めてしまった。蓮は美波が眠ったのを確認すると、そっと布団を抜け出した。いつもならすぐに自室へ戻るだろうが、美波の我儘を聞いてやったので、一つぐらいは自分も我儘を言わせてもらうことに蓮はした。この26年間、長男代わりとして我儘を我慢してきた蓮は、これまでずっと兄としても弟としても、しっかり者な人間として生きてきた。けれど我儘を言って甘えられないことは寂しかった。唯一の兄である一吹を失ってから、誰も甘えられる相手がいなかった。美波の我儘ぶりに嫉妬していたのは自分自身が甘えられなかったことに対して寂しさを覚えていたからだろう。それでも今日のような日ぐらいは自分の思うがままに振る舞うことにしよう。そう決意した蓮は眠っている美波の頭を一撫でした。

『今日くらいは....私にも我儘を言わせてくれ、美波。もう少し....頭を撫でさせてくれないか』

そう言いながら愛おしげに美波の頭を撫でる蓮の端正な顔には優しい笑みが浮かぶ。それは表情の乏しい蓮が滅多に見せない笑顔であった。自分が頭を撫でられているとはつゆ知らない美波は無防備にクゥクゥと寝息を立てている。そんな美波の無防備さと愛らしさに蓮は少々名残惜しさを感じながら・部屋を後にするのだった。

『おやすみ....美波』

END

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今日くらいは我儘も 白椿 @Yoshitune1721

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