第17話「通知オフの彼女」

「……ねぇ、どうして既読にならないの?」


廊下の窓辺で、片桐 悠真(かたぎり ゆうま)はスマホを握りしめていた。

送ったメッセージは、6通。どれも既読がついていない。

最後に返信があったのは、3日前。

送りすぎかもしれないとわかっていても、指は止まらなかった。


相手の名前は、朝比奈 美羽(あさひな みう)。

同じクラス、同じ部活。2学期から急に距離が近くなった女の子。


それまで静かだった彼女は、ある日突然、悠真に話しかけてきた。


「……通知、オフにしてるから」


それが最初の言葉だった。

突然、彼のスマホに直接QRコードを差し出してきて、LINEを交換した。

それなのに、「通知は切ってるから、すぐ返さなくても気にしないでね」と言われた。


でも、そのとき彼は思ったのだ。

“オフ”にするほど、何かに疲れているのかもしれないと。


 


数日後、部活の帰り道。偶然ふたりきりになった自転車置き場で、美羽がぽつりと言った。


「人から何かが“飛んでくる”感じ、苦手で……」


「……え?」


「通知、全部切ってる。SNSも、アプリも、AIの提案も。

自分の中に“今、知りたくない情報”が流れ込んでくるのが、怖いの」


悠真はそれを「ちょっと変わってる」と思いながらも、どこかで共感していた。


だからこそ、彼女がLINEをくれたとき、

通知を切っているのに“自分だけには何かをくれた”ような気がして、特別に感じた。


 


けれど、その既読が、今はつかない。


放課後の教室で、美羽は席にいるのにスマホを一切触らない。

ポケットの中にあるはずなのに、振動が来ても絶対に見ない。

そして、悠真が近づこうとすると、

ほんの少しだけ、視線を外す。


(何かあった? 俺、何かした?)


心がざわめく。

でも、直接聞く勇気もない。

だからまた、スマホに頼る。


「美羽、なんで通知オフにしてるの? 俺のも?」


送信。

既読がつかない。

それだけが、ひどく冷たかった。


 


数日後、美羽は学校を休んだ。

担任が「体調不良」とだけ伝えた日、悠真は放課後の図書室で偶然、彼女の席に置かれたノートを見つけた。


中には手書きの日記。

AI管理アプリに頼らず、すべて自分で綴っているようだった。


ページの中に、見慣れた名前が出てきた。


「片桐くんのメッセージが、怖い。

 優しすぎて、まっすぐで。

 “返さなきゃ”って思う自分が、どんどん苦しくなる」


「だから、通知を切った。

 でも、見ないようにしても、心には届いてしまう。

 ……AIの通知より、人の気持ちのほうが重い」


悠真はページをそっと閉じた。

彼女がオフにしたのは、“アプリの通知”だけじゃない。

「反応できなくなるくらい、溢れてくる好意や善意」も、オフにしていたのだ。


それを、自分は押しつけていたのかもしれない。


 


帰り道、スマホを開く。

既読は、まだついていない。

けれどもう、それが美羽が選んだ静けさだとわかっていた。


悠真は、ただ一行だけ送った。


「また話せるようになったら、教えて。待ってる」


そして通知を切った。

AIにも、自分にも、もう“反応を急がせない”ために。





🔕 補記

この物語は、「“通知”という行為が、人間関係の圧力になっていく」ことの怖さを描いています。


AIやアプリは、「最適なタイミング」で「必要な情報」を届けてくれる。

でも、人間の心は、そんなに正確じゃない。

知りたくないこと、触れたくない気持ちもある。


青春とは、そうした“揺らぎ”や“避けたい瞬間”を自分の中で整理していく時間。

AIはそこに気づかない。

だから、人間には“通知を切る自由”が必要なのです。


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