短編①

ひろろ

短編①

海。海岸線。私は1人だった。



寄せては返す波。



しばらく私はそれを眺めていた。



波は穏やかだった。



私の心も穏やかだった。



ーここにいる時だけはー



私はもう一度自分が最初からここにいることを思い直して、一歩、また一歩と海岸線を進んでいった。



足に伝わる砂の感触。波の音。潮の匂い。



どこか懐かしい景色が朧家ながら浮かんできて、捉えようとすると消えてなくなる。砂のように。



ー最初からなにもなかったんだー



私がそう思った時、すべての苦しみも砂のように消えていくのを感じ、心が目の前に見える海と同じ透明になった。



そして空に浮かぶ太陽の光が強くなっていき、私は手で太陽を遮るようにしながら空を見上げたー



「結局、人の考えなんて全部意味ないんだよ」


モニターの中の彼女はそう言った。


「みんな勝手に主義主張を偉そうにいっているけどさ、ちょっと機嫌が悪くなるだけでなかったことにしちゃうんだもん」


そう言うと彼女は頬杖をつきながら、器用にグラスに入ったレモネードを飲んだ。


僕は「そうだね。」と軽く相槌を打つ。


こうやっていつも同じような会話をゲーム終わりにしている。


お互い「Dimensional Transcendence」、通称「DT」と呼ばれるMMORPGをプレイしており、普段は7、8人のグループでクエストを攻略しているのだが、最近はクエスト後にこうやってゲーム外で2人でビデオ通話をしている。


彼女とはビデオ越しでしか話したことはないが、なんとなくお互い居心地の良さを感じでこうしてゲーム後ダラダラと会話をしている。


画面越しの彼女は続ける。


「要は人間なんて生きている意味なんてないよ」


「君はいつも結論づけたがるね」


僕は軽くため息をつきながら答えた。


「何か嫌なことでもあったの?」何気なく聞いてみる。


「別に」


そう言ってストローに口をつけた。


彼女は実家で暮らしながらバイトでお小遣いを稼いで生活をしている。


正直顔は美人な部類に入ると思うのだが、どうやら恋愛には興味がないそうだ。


今もこうしてTシャツの襟元をだらしなく開けさせながらだべっている。


「なーんか、嫌なやつはみんな自殺しないかな」


唐突に物騒なことを彼女はつぶやいた。「過激派だね」


「あんたはそう思ったことないの」


ブー、ブー、


彼女のスマホが振動した。


「確認しなくていいの?」


彼女はスマホに一瞥すると


「どーせくだらない連絡だよ」


と吐き捨てた。


「くだらない連中がくだらないことをつぶやいているだけ」


そう言いながらストローに口をつけた。


「死にたい」


ぼそっと彼女がつぶやいた。


窓には満月が浮かんでいた。

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短編① ひろろ @daimaru

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