ある秋の日の帰り道

西悠歌

第1話

 ある秋の日の放課後、私は自転車で暗い道を走っていました。その日はテスト期間だったので、自習をしていたら遅い時間になってしまったのです。普段とどこか違って見える通学路に不気味さを覚えながら、私は家路を急いでいました。


 前には私と同じ制服の女子生徒が、やっぱり同じように自転車を漕いでいました。見たことがないから他学年の生徒なのだろうと思いながら、同じ道を走ります。


 しばらくまっすぐ進み、彼女が交差点を右に曲がりました。私も右に曲がります。


 横にある大きな公園の木々がざわざわと音を立てていました。その黒い影を横目に見ながら私はペダルを回します。


 公園の角で前を行く少女が左に曲がりました。私も左に曲がります。


 ここまで来ると通学路が被る人も滅多にいないので、今まで彼女の存在に気付かなかったことが不思議でした。しかしきっと登下校の時間が合わなかったんだろう、と思って先を急ぎます。


 やがて夏のうちはよく使っていた自動販売機の明かりが見えてきました。もう少しで家に着くことができそうです。しかし依然として見知らぬ生徒は私の前を走り続けていました。


 自動販売機で止まれ。

 ほとんど無意識のうちにそんなことを思っていました。ずっと彼女の後ろを走っていることがだんだん気持ち悪くなってきたのです。


 そのうちになんだか彼女が何かをぶつぶつ呟いているような気がしてきて、影もなんだか揺らいでいるように見えてきました。この道しか知らないわけではない無いのだから離れてしまえばいい、と思うのですが、なぜか逃げたら負けだという思いに取り憑かれていて結局そのままその少女の後ろを走り続けていました。


 彼女は自動販売機をちらりとも見ずに通り過ぎると、住宅街に入る道を左へ曲がりました。私も、同じところを左に曲がりました。


 これはどういうことなんだろうと私はひどく混乱しました。この住宅街に住んでいるのなら、顔くらい見たことがあるはずです。最近引っ越してきた家なんてものもありません。道を間違えたかとも思いましたが、そんなはずはありません。しかし彼女はまだ、私の前を走り続けています。


 そうこうしているうちに、私の家が見えてきました。ああ、そうか。彼女はきっとこの住宅街を通り抜けるだけなんだ。だから見たことなんてなくても不思議ではない。そうか。そうに違いない。私は安心してブレーキをかけ始めました。


 と、その時。

 彼女が。

 その少女が。

 唐突に私の家の前で自転車を降りました。


 え?

 にわかに頭が真っ白になります。見たことすら無かった少女が、私の家に自転車を止めました。荷物をかごから出しました。そして、家の鍵を取り出して、ドアを開けて中に入って行きました。家の中からは「おかえりー」と優しそうな声が聞こえました。


 それは…………それは、知らない人の声でした。知らない家族の、知らない生活がそこにはありました。

 ああ、そうだったのか、と私は気付きます。


 


 私は自転車の方向を変えました。そしてもと来た暗い道を静かに引き返しました。

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ある秋の日の帰り道 西悠歌 @nishiyuuka

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