道具に飼われた者

生字引智人

道具に飼われた者

ある町に、カラスの親子が暮らしていた。


ある朝、親カラスは電柱の上から街を見下ろし、フラフラとスマホを見ながら横断歩道を渡る人間の姿を見つけた。


「見なさい、坊や。あれが人間という生き物さ」


子ガラスが首をかしげる。「歩いてるのに、目はずっと下を向いてるね」


親ガラスは、重々しく言った。


「“スマホ”という名の道具に、心を預けてしまったのよ。本来は補助のはずの箱に、世界を奪われてしまったの。自分の目で世界を見ることをやめ、誰かが切り取った小さな画面の中で生きるようになった…」


「それって、自分で選んだの?」


「選んだつもり、みたいね。あたかも主体的に振る舞っているようで、実のところは風に流される落ち葉のようなもの。しかも、そのことにすら気づいていないのよ」


子ガラスは、しばらく考え込んだあと、静かに言った。


「人間って、へんてこな生き物だね」


そのころ、公園のベンチでは、若い男がスマホを操作しながら、隣の恋人の話に気のない相槌を打っていた。


「へぇー、それで? うん、うん…(ポチポチ)」


少し離れた木陰では、猫のミーアと犬のショーンが寄り添って寛いでいた。


ミーアが細い目をさらに細めながらつぶやく。


「人間ってさ、大切なものをすぐ忘れる妙な生き物よね」


ショーンが鼻を鳴らした。


「恋人の言葉より通知音。心のこもった会話より、液晶に映る文字の羅列。笑えるようで、笑えないな」


「いつだって、何かを失ってから気づくのよ。“あれが大事だったんだ”ってね。でも、気づいたときにはもう手遅れ」


やがて、女は静かに立ち上がり、ベンチを去った。

男はようやく顔を上げ、隣に誰もいないことに気づく。


「……あれ?」


その瞬間、スマホの画面が暗くなった。


空高く舞う親カラスが、羽を広げながら言った。


「道具を持つのは、文明の証。でも、道具に飼われるようになったら、それはもう生き物としての終わりを意味するのよ」


その日、町に吹いた風はどこか冷たく、遠くで通知音がひとつ、虚しく響いた。

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道具に飼われた者 生字引智人 @toneo55

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