第10話:タピオカとミルクティーの浮かぶ力

🥤🌊「うくって、きっと ていこうのうらがわ」


空はやさしいピンク色に染まり、どこかカフェの午後みたいな空気が流れていた。

ポッドがたどり着いたのは、巨大なドリンクカップのような建物。


つややかなストローが天井から突き刺さっていて、カップの中では茶色と白の液体がとろとろ混ざっている。

その底には――黒くて丸い“なにか”が、ぷかぷかと浮いていた。


「え、これタピオカじゃん」

リオが笑いながら言う。


「絶対そう。てかでかくない? 1個で顔くらいある」

カイも興奮気味。


「うわ、よく見て。中に乗れるっぽい」


半信半疑で中に入ると、ポッドがミルクティーの液体プールへ沈み込んでいった。

ぷか、ぷか、ぷか――


でも、不思議なことに、ポッドは沈まない。


ミルクティーの中に入っても、一定の位置で“止まって”浮かんでいる。


「……沈まないんだ」

リオがつぶやく。


「この感じ、なんか安心する。ふかふかのベッドに乗ってるみたい」


《ようこそ、“浮かぶ力のカフェ”へ。

ここでは、“うかぶ”という感覚のうらにある

“見えないおし返し”を体で感じてもらいます。》


ユリスの声が、ミルクティーの湯気と一緒にふわりと流れた。


「おし返し……?」

アカリが首をかしげた。


そのとき、ポッドの下から小さな泡のような力の粒が浮かびあがってきた。


それは、ポッドの底にぶつかり、パチンと消える。

次々に、次々に――まるで**“下から押し上げる手”**みたいだった。


《浮力とは、“液体の中にあるもの”を下から押し返す力。

ものが沈むと、そのぶん“液体の場所”を取る。

その液体は、“ちょっと待ってよ”と言わんばかりに、押し返すんです。》


「え、浮くって……下から押されてるってこと?」

「なんか、イメージ変わるな……」


「じゃあ、沈むときって、その“おし返し”が足りないから?」


《そのとおり。

重いものほど沈むのは、

“自分の重さで押したぶん”より“おし返し”が弱いから。

反対に、軽いものはたっぷり押し返されて、ふわっと浮く。》


「じゃあ……タピオカが沈んで、

ホイップクリームが浮いてるのって、そういうことだったんだ」


カイがボソッと言った。


「……ねえ」

リオが急にまじめな顔をする。


「もしかして、“うく”ってさ、

なにもしてないように見えて、

実はずっと“押し返されてる”ってことじゃん?」


「うん。むしろ、“沈まない”って、努力してる液体のほうかも」


アカリが、ミルクティーの中に手を入れた。


ほんのりあたたかくて、どこまでもやさしい。


「支えられてる感、あるね」


《浮力は、“気づかれない支え”です。

それは見えないけれど、たしかに存在していて、

きみを、今も浮かせているかもしれません。》


ポッドがカップの中をゆっくり上昇していく。

ミルクティーの波間には、いくつもの“浮かんでるもの”と“沈んでいるもの”が混ざっていた。


けれど――どちらが正しい、ということはなかった。


「浮かぶって、

ただ軽いだけじゃなくて、

ちゃんと押し返されてるからなんだ」


「なんか、元気ないとき思い出したいな、これ」


リオたちはやわらかく浮いたまま、次の空へと旅立った。

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