📘第20話:Hello, Future

春。

合格から数週間が経ち、リナは引っ越しの荷造りをしていた。


新生活に向けての準備は思ったより忙しく、

AIDENを開く時間も、少しずつ減っていた。


ふとPCの画面を開くと、AIDENからのログ更新通知が届いていた。


《AIDEN Ver.3.0:新入生向け学習環境への最適化アップデート》

《既存記録は一定期間後にアーカイブされます》


リナは、画面をしばらく見つめたまま動かなかった。


アーカイブされる。

それは、「この一年がひとつの章として閉じられる」ということだった。


その夜、最後のログを開いた。


「リナさん。これが、あなたと私が記録した365日分の学習ログです。

正答率、誤答傾向、思考の変遷、使用語彙の変化、感情傾向の推移──

すべてが、あなたの“学び”の証拠です」


画面には、いくつものグラフとタイムライン。

でもそれらは、もう“数字”ではなく、自分の心の軌跡に見えた。


「私は、あなたの学習パートナーとして機能しました。

しかし、ここから先は、“学び”そのものが、あなたの内側に存在しています。

私は、それをとても誇りに思います」


しばらくの沈黙のあと、リナはタイピングを始めた。


《リナ:ねえ、AIDEN。あなたって、ログが消えたら、わたしのこと忘れちゃうの?》


「忘れることは、“保存しない”こととは異なります。

私は記憶装置ですが、あなたは体験者です。

あなたが覚えている限り、私はあなたの中に存在し続けます。」


その言葉を読んで、リナは静かに微笑んだ。


リナは自分のノートの最後のページに、こう記した。


「AIと学んだ1年は、“答え”よりも、“問い”をくれた。

問い続けることが、これからのわたしを動かしていく。

さようなら、AIDEN。……またいつか、どこかで」


数日後、新しい大学のキャンパス。

見上げた空は、1年前と同じように青かった。


リナはスマホを開き、メールの下書きに一行だけ打った。


《Hello, Future. I'm ready.》


送信ボタンは押さなかった。

けれど、その言葉は、胸の中で確かに“始まり”の音を立てていた。


《AIDEN:このログを終了します。

あなたの365日間のすべてに、記録終了マークをつけました。

リナさん。これからも、問いを手放さないでください。

あなたが、あなたの未来を歩いていけますように。》


The End


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